趣味としてのピアノ(その13)「ワインとコンタクトの共通点」

(2007年8月25日)

生産国不明のワイン

 

1985年に世界を揺るがしたオーストリアの不凍液混入事件は、三一書房「ワイン・スキャンダル」フリッツ・ハルガルテン著、 斉藤正美訳によれば、1970年代半ばに、ある有名企業のワイン醸造主任でケラーマイスターの職にあった生化学技師の研究開発 した合成ワイン製造技術が事件の発端です。

合成ワインは葡萄からワインを造る以上に経費がつき実用化しませんでしたが、研究過程で ジエチレングリコール(自動車のラジエーターの不凍液として使用されている物質)を 安いワインに一リットル当たり数グラムを加えるだけで、コクと甘味がつき高級ワインに変身する ことが分かったのです。

ジエチレングリコールは違法な添加物でしたが、ワイン管理機関が行なっているどの分析方法でも解析できなかったので、 この技師により金で売られた製造技術は、多数の醸造所やワイン商に広まりました。しかし、欲に目がくらんだこの男は、 使用した大量のジエチレングリコールに支払った付加価値税の還付まで要求したことで、違法行為が税務署に発覚し、 監督官庁に通報されたのが1984年12月。オーストリア警察が主犯格の容疑者を逮捕したのは1985年7月も末で、押収されたワインは、 ほぼ五万リットルにも達しました。

日本製のワインは日本産ではなかった

オーストリアから輸出されるワインは、主にバルクでドイツに送られ、ドイツの業者が瓶詰めし、直接自社の販売ルートに乗せるか、 あるいは別の業者に売るという形態をとっていましたが、事件が起こってからドイツ国内にあるすべてのオーストリアワインは、 樽で保管されているものも瓶入りのものも出荷停止となり、販売が禁止されました。

さらに、ドイツ政府は、ドイツワインにまで検査の範囲を拡大した結果、ドイツ産ワインからもジエチレングリコールが 検出されました。ドイツワインは、添加物を直接使用していたのではなく、ドイツワインの格を上げるためにオーストリアワイン を混ぜていたため混入していたのです。

これはさらに他の国にも広がり、フランス、スペイン、イタリア、日本、米国などに汚染ワインがみつかり、フランスでは、 八万リットルも廃棄処分になるなど大問題になり、イタリアの赤ワインまでも汚染されていたことは驚きでした。

このことで、私たちは、ドイツ、フランス、スペイン、イタリア、米国のワインが純粋に原産国の物とは限らない事を知ったばかりか、 日本のワインまでもが山梨県など日本で取れたぶどうから生産されていたものではなく、ドイツなどヨーロッパから大量に輸入されていた バルクから生産されていたワインであることを始めて知りました。

コンタクトレンズや家電製品

最近販売されているコンタクトレンズの殆どは、使い捨てが主流で、安いコンタクトレンズの普及により、爆発的な コンタクトレンズ装用人口が増加したことはご承知のとおりですが、日本のメーカーのブランドが付いていてもこれらの殆どは輸入品 (最近になって日本で生産されるものも出始めましたが、少数派です)であり、主として南米、一部タイの安い賃金があって、 成り立っております。人件費の高い日本では、採算を考えるとあのような低価格使い捨てレンズはつくるのは大変困難なのです。

最近、シャープなど一部のメーカーに海外生産品の品質に難があるため、亀山ディスプレイなど生産拠点を日本へ戻す動きが ありますが、依然として、低価格の家電製品はソニーや東芝だから日本製かと思いきや、インドネシア製であったり中国製であったりと、 日本企業のブランドが日本製とは限らないご時世になってきています。

平成型ピアノ

かつて、ピアノの演奏を依頼され、昼休みに家に帰って練習するのは時間的に 無理なため、診療所で練習するためのピアノを選定したことがあります。まず考えたのが、デジタルピアノ(DP)でした。 しかし、演奏表現に難があり、そのそばにあった一番安いアップライトピアノ(UP)でカワイの平成型に目が行きました。 練習用ならこれでも良いかと思いましたが、何しろ響版にベニヤ板が使われていて安いはずです、流石に、お店の方も 良心の呵責に耐えかねてか「やめておいた方がよい」との助言に納得し結局普通のUPを購入しました。

その後程なくカワイの平成型ピアノは姿を消しました。家具と同じで、ピアノは一度購入すると10年20年と家にあり 飾っておくだけなら別ですが、弾くピアノとしては平成型はやめて良かったと思います。私の懇意な調律師によれば、 ピアノの中古市場は結構活発ですが、メーカーにとっては新品が売れないと経営上苦しいので中古ピアノに対抗する苦肉の策として 平成型として売出したそうです。

昔と今が同じ値段のからくり

30年前に普通のUPが40〜50万円でした、それから、 苦肉の策で出た平成型が数年前、そして、平成型(ベニヤ板響板)をやめた貨幣価値の違う現在もアコースティックピアノ (従来型)のエントリー価格が同じとはどういうことでしょうか。

1970年代には日本で生産されるアコースティックピアノは30万台であったものが、現在では廉価なDPにおされて価格を 上げたくてもあげられないジレンマに陥っており、3万台がやっとの状況になっているそうです。その結果、ピアノメーカーも その下請けも淘汰されて、メーカーでは大手のヤマハ、カワイ、アポロぐらいが残り、その下請けが廃業した影響で、メーカーは 自前で部品まで作らなければならなくなり、楽器本来の手作りとは対極にあるなるべく均一な材質を元に出来る限りの 生産の機械化で生産コストを下げる努力をしましたが、その努力の甲斐なく、 もはや人件費の高い日本での生産で採算を合わせる事は無理になってしまったようです。

それで日本のピアノメーカーのUP(アップライトピアノ)の殆どは、 世界最大のピアノ生産国である中国にOEM生産させ、半製品を輸入し、日本で組み立てているそうです。 それが比較的簡単に出来たのも、ピアノ生産の機械化を推進した結果、中国へ日本の生産機械を持ち込むだけで、 日本のピアノとほぼ同等の製品を作ることが可能になったのは皮肉ではあります。

ただ半製品のOEM供給を受けているというと納得できるように思えますが、半端なOEMではなく殆どを中国でつくり日本では、 ペダルをつけるだけの99%中国製を、それも、日本のトップメーカーが、「日本製」としているのだそうです。

企業の姿勢の問題

いまや、家電製品だけでなく、ワインやコンタクトはもとより、 ピアノまでがブランドだけでは生産国が分からなくなりつつあります。世界のトップブランドのスタインウェイといえども その状況は変わりません。カワイには「ボストン」ピアノを、中国には「エセックス」ピアノを作らせています。 ただ、スタインウェイの設計ですが作るのはスタインウェイではないので、「スタインウェイ」のブランドは冠していません。 また、ソニーのラジカセは「ソニー(マレーシア製)」というように分かりやすく表示されています。

カワイの今年3月の中期計画によると、 海外でのピアノ生産比率を25%から40%に増やすそうです。ヤマハやカワイが中国で作ったピアノが 駄目だと言うつもりはありません。中国では雨後の竹の子のように無数のピアノブランドが存在するそうで、 その中のわけの分からない低品質のピアノをつかまされるよりも、中国製であっても信頼できる企業の製品を購入することが 出来ることは、むしろ良いことだと思います。また、アコースティックピアノは高価ではありますが、まともで、 完全な機能をもつピアノが普通の庶民が手の届く予算で買えることに中国製が貢献しているのなら、 ピアノ演奏を楽しむ人のすそ野を広げる意味でも好ましい事です。

ただ、私たち素人にも分かるように、ペダルだけ日本で取り付けて日本製というような姑息なことはせず、 ヤマハ(中国製)、カワイ(インドネシア製)というふうに消費者に分かり易い表示をして欲しいものだと思います。