コンタクトの消毒

(2010.4.18)

山本眼科医院 山本起義

平成21年12月16日、国民生活センターは 重篤な角膜感染症を引き起こすアカントアメーバーに対する消毒効果が、殆どの市販のソフト コンタクトレンズ用の消毒液、とくにマルチパーパスソリューション(MPS)では十分 消毒できないので、感染防止のためにソフトコンタクトレンズ装用者に、正しい取扱の徹底の ための注意喚起を促しました。

アカントアメーバーとは

アカントアメーバは土壌、淡水、海水など自然界に広く生息する原生生物で、室内の 埃、公園の砂場、地下水、洗面周りにも存在します。角膜感染症が欧米では1974年 日本では1988年に報告された比較的新しい疾患で、普通の状態では、そう簡単に 角膜感染は起こりませんが、コンタクト装用によるキズにアカントアメーバーが付着 することで感染が起こります。
感染の危険性は細菌感染でも同じですが、違うところは、アカントアメーバーに対する 有効な抗生物質が無いため、アカントアメーバーの角膜感染症は重篤になり、入院まで して、角膜搔爬、抗真菌薬や消毒薬の点眼、抗真菌薬の全身投与が行われ、時に半年間 治療を続けて、治っても著明な視力低下を残す大変厄介な感染症です。

アカントアメーバーが治療に抵抗する理由

アカントアメーバーは栄養体(trophozoite)と シスト(cyst)の二つの形態をもっていて 栄養体では盛んにアメーバー運動をして分裂増殖しますが、この状態では膜の透過性 が高いので、消毒液もアメーバーの体内に入ってよく効きますが、消毒液がある環境 つまり、生育条件が悪化すると二重壁をもつシストになります。丁度草が枯れるときに 種を残すのと同じです。このシストは消毒液や抗生物質に対して抵抗性が強く、角膜 上皮内で一旦増殖を止めても、状況が改善するとまた、シストから栄養体に変わり 活発に角膜上皮で増殖をはじめるのです。
その結果、治療は長期にわたりイタチごっこをする形になります。 ですから、アカントアメーバーを角膜に入り込ませないという予防が大切になります。

ソフトコンタクトの消毒液の変遷

ソフトコンタクトレンズはレンズの中に水分を含んでおり、レンズ内の細菌をいかに 消毒するかが問題でした。使い捨てレンズが販売される前は煮沸消毒が一般的で、 これはどんな微生物も死滅させる有効な方法でしたが、長期装用していると、煮沸 することで、コンタクトに汚れが固着してしまう問題がありました。

それで、熱を加えない消毒方法として、過酸化水素水による消毒が考えられました。 皆さんは小学校の運動会でこけて、膝などを擦りむいて保健室で泡の出る消毒液 (オキシフル)を塗ってもらった経験がおありと思いますが、あれが過酸化水素水 です。これも消毒効果としては十分で良い方法です。コンタクトレンズの消毒液 ではコンセプトワンステップとかエーオーセプトがこれにあたります。

ただ具合の悪いことに、この過酸化水素水が残ったままコンタクトを装用すると 角膜障害を起こしてしまうので、十分な中和時間(6時間)が必要です。
もう一つ有効な方法として、皆さんが怪我をしたとき保健室で塗ってもらった ヨード剤(ヨードチンキ)があります。コンタクト消毒液ではバイオクレンエファール として、販売されていますが、A液で消毒後、B液で中和し、C液ですすぐという 大変煩雑なため普及していません。

マルチパーパスソリューション(MPS)消毒液

過酸化水素水やヨード剤の煩雑さを解消すべく次に出てきたのが、コンタクトの 擦り洗い、消毒、すすぎと何でもこの液でOKというMPSです。中和をしなくても 角膜障害は起こりませんし、コンタクトの保存やすすぎもこれ一つでできる大変 便利なものです。

しかし、簡便になったからといって、簡単に消毒できるようになったわけではなく たとえば、このMPSに4時間以上漬けておかないと消毒できないのに、短時間の 消毒のままコンタクトを装用してしまうような方は要注意です。

消毒剤のアカントアメーバに対する消毒効果

国民生活センターでは過酸化水素タイプおよびポビドンヨードタイプの効果を 基本にして、8種類のMPS消毒液について有効性をテストしました。
1)コンプリートダブルモイスト、2)バイオクレンゼロ、3)シードゥソフトケア、
4)フレッシュルックケア10ミニッツ、5)オプティーフリープラス、
6)レニューマルチプラス、7)エピカコールド、8)ロートCキューブソフトワンモイスト

栄養体に対して有効なMPSは一部のみ

アカントアメーバーの栄養体に対して、過酸化水素タイプ(9.コンセプトワンステップや 10.エーオーセプト)及びポビドンヨードタイプ(11.バイオクレンエファール)では2時間漬ける だけで1/1000にアカントアメーバーが減少し、十分な有効性が確認されましたので これを対照として、1)~8)まで8銘柄のMPSとの比較をしました。

8銘柄のMPSに各社の指定どおりにコンタクトを漬けた場合(1.2.3.5.6.7.8. では4時間、4では10分以上)の結果、対照と同等の消毒効果を認めたのは1銘柄(6のみ) でした。

実際には、夜コンタクトを外して、朝まで消毒液に漬ける場合が多い事を勘案して8時間 MPSに漬けても4銘柄(1.3.4.5.)はアカントアメーバーは1/10にしかならず 上十分な消毒効果であり、対照と同等の効果を示したのは2銘柄(6.7.)のみでした。

シストに対しては殆どの消毒剤が無効

コンタクトレンズ装用で、アカントアメーバー感染防止のためには、栄養体だけでなく シストも日々のケアの中で消毒・除去する必要がありますので、シストに関しては MPSだけでなく、対照銘柄の9)~11)を含めた11種類の消毒剤で有効性を テストしましたが、2週齢シストに関してはいずれの銘柄も大幅に 消毒効果が低く、 唯一11)ポビドンヨードタイプだけが他よりも消毒効果が高くが4時間静置で 1/400までシストが減少しました。

レンズケースが主な感染源

この十分な効果のない消毒剤の効果を過信してレンズケースに入れる コンタクト装用者の認識が最大の問題です。実際、コンタクトレンズによる角膜 感染症重症例の全国調査で、アカントアメーバーがレンズケースから検出される 例が多く、レンズケースがアカントアメーバーの主な汚染源 であるとされているのです。

コンタクトケースに消毒液をで満たしておけば清潔 と思うのは間違いで、殆どの消毒液はアカントアメーバーに十分な効果がないので 容器内には「ウジャウジャ《繁殖していると肝に銘じる必要があります。

レンズケースに消毒液を注ぎ足す方法では全て無効

過酸化水素よりMPSの方が簡便であること以外に、価格が安いので、消費者としては どうしても安い製品を購入し勝ちです。もう一つの問題は、高い消毒液を出来るだけ 長持させるために、節約して使おうとして、MPSの入っているレンズケースに 消毒液を追加して使おうとすることです。

そこで国民生活センターでは、そのような消毒剤の使い方が有効かどうか検証して みた結果、1)~11)の銘柄全てで無効でアカントアメーバーが残存している ことが分かりました。

レンズケースの汚れは微生物の温床

アカントアメーバーが増殖するために「栄養源《として、細菌類が必要とされていますが、 汚れたレンズケースは細菌増殖の温床であり、レンズケースの中はアカントアメーバー にとって格好の増殖環境になっているのです。
実際、アカントアメーバーが検出されたレンズケースでは高率に細菌が検出され、 清潔でアカントアメーバーが検出されなかったもとの細菌の検出率の差は明らか でした。

レンズケースの洗浄は有効

つまり、消毒液がアカントアメーバーに対して有効でなくても、十分に洗って清潔な レンズケースに消毒液を入れると、細菌は死滅しますので、アカントアメーバーの 「栄養源《としての細菌がなくなる結果、アカントアメーバーが 増殖しにくくなるといえます。

完全な消毒液はない

より有効な消毒液は

消毒液で一番有効なのは、ポビドンヨードタイプのバイオクレンエファール、 次が、過酸化水素タイプのコンセプトワンステップやエーオーセプト、そして、 MPSではレニューマルチプラス、エピカコールドの順になります。

より有効なはずの消毒液の短所

ポビドンヨード(バイオクレンエファール)が一番といっても、ヨードアレルギー の方は使用できませんし、取扱も煩雑な点があります。次の、過酸化水素(コンセプト ワンステップなど)は十分な中和をせずに使用すると、過酸化水素による角膜障害 を起こします。MPSのレニューではコンタクトレンズの相性が悪いレンズが あって、レニューで消毒後装用すると角膜びらんを起こします。またエピカコールド では、指定された4時間の消毒では無効で、有効にするには8時間以上の漬け置きを要します。

完全な消毒液はない

昔の煮沸消毒は全ての微生物に有効ですが、電気のないところでは消毒できないし、 煮沸でレンズに汚れが固着する問題があります。さらに、最近のソフトコンタクト は消毒液(コールド消毒)を前提として作られており、煮沸消毒器を使ってレンズが 熱による変形や変性が起こる事に関しての保障が無いので、使えません。
一方、例外を除いて消毒液の殆どがアカントアメーバーのシストには無効ですので、 消毒液を使っても、アカントアメーバーは除去されていない前提で、消毒液だけに 頼らない対策(機械的な擦り洗いやすすぎなど)を考えなければなりません。

アカントアメーバー角膜炎にならないために

コンタクトを外す前に手洗いをする

コンタクトを外す手が上潔ですと、外すときに細菌やアカントアメーバーを レンズに付けることになりますので、必ず石鹸で手を洗ってから外してください。

消毒のためのレンズケースは清潔にする。

消毒のためのレンズケースは、消毒液を入れるので清潔だと考え勝ちですが 実際は、レンズケースからのアカントアメーバの感染がもっとも多く、しかも 消毒液はアカントアメーバには無効なので、レンズケースは十分洗洗浄してから から、完全に乾かしておく必要があります。

消毒する前に必ず擦り洗いをする

コンタクトレンズを汚れたまま消毒液につけても十分な消毒効果は得られません。 また、十分に擦り洗いすることで、細菌やアカントアメーバーの数を消毒前に 減らすことが出来ますので、裏表20回ぐらいレンズを洗いましょう。

過酸化水素タイプの消毒液は、アカントアメーバーに有効ですが、やはり 擦り洗いをしないと消毒できません。銘柄によっては擦り洗い上要と謳って いるものもありますが、これは誤りで、どんな消毒液を使うにしても、 擦り洗いは必要です。MPSではMPSで擦り洗いが出来ますが、 過酸化水素タイプでは、そのままの液で擦り洗いは出来ませんので、 保存液(すすぎ液)を別に購入して、擦り洗いをして下さい。

擦り洗いしたレンズは裏表すすぐ

擦り洗いが済んでも安心できません。レンズから外れた汚れが付着したまま の可能性がありますので、レンズの裏表を保存液(すすぎ液)ですすいでから レンズケースに入れましょう。

レンズケースにはアカントアメーバーがいる

きれいに洗浄したレンズケースで、十分擦り洗いしたレンズを消毒液に漬けると 一般細菌は除去できますが、アカントアメーバはまだ居ると考えて、レンズケース から取り出したレンズはもう一度すすいで、アメーバーを洗い流してから 装着しましょう。また、殆どの消毒液はアカントアメーバーに有効ではないので、 同じレンズケースを使い続けると、中で徐々に増殖して行く可能性がありますので、 そのリスクを低下させるため、同じレンズケースは3ヶ月以上使わないで下さい。

消毒液をレンズケースに継ぎ足して使わない

消毒液を節約するために、すでに入っている消毒液に新たに追加して消毒液 を入れる方法では、全ての銘柄の消毒液は無効でしたので、毎回新しい消毒液 を入れて、レンズを消毒してください。

消毒時間を守る

過酸化水素タイプでは中和時間が十分でないと、角膜障害が出て、目が痛みますが、 MPSでは多くの銘柄で4時間以上漬け置かないと消毒効果がありません。2~3 時間しか漬けていなくて装用しても目は痛くありませんが、消毒できていないレンズ を装用することになり、大変危険です。必ず消毒時間を十分に取ってください。

装用時間を守る

装用時間を越えて装用すると、角膜に負担をかけますし、角膜にキズがいく こともあります。キズがいくと細菌やアメーバーの感染の危険性が高くなります ので、必ず医師の指示通りの装用時間を守ってください。とくに、多くの コンタクトレンズのメーカーが14~16時間装用できると謳っていますが 実際は、12時間以上装用している方にトラブルが多い事実がありますので 12時間以内の装用が安全です。

装用期間が過ぎたレンズは使わない

2週間しか装用できないレンズなのに1ヶ月使うなどの方では、極端に コンタクトレンズのトラブルの頻度が高くなりますので、必ず期間毎に 新しいレンズに替えてください。

目にキズをつけない

コンタクトレンズのフィッテングが悪かったり、ドライアイなどがあると 角膜にキズが起こりやすく、キズが出来ると感染の危険が高まりますので 必ず医師の指示通りに装用してください。

定期検診を受ける

コンタクトレンズの処方を受けても日々目の状態は変わってゆきます。 長期間装用している方には、角膜内皮の減少も見られます、3ヶ月ごと に医師の定期検診を受けてください。

対策のまとめ

レンズケースをいつも洗い乾かしておく

同じレンズケースを3ヶ月以上使わない

コンタクトを外す前に手洗いをする

消毒する前に必ずレンズの擦り洗いをする

擦り洗いした後、レンズは裏表をすすぐ

消毒液をレンズケースに継ぎ足して使わない

指定された消毒時間を守る

消毒したレンズはすすいでから装着する。

装用時間、使用期間を守る

定期検診をうける