趣味としてのピアノ(その29)「ザウターピアノ」

山本眼科 山本起義

(2020年3月岸和田市医師会広報掲載)

ピアノを弾くものにとって、憧れのピアノというものがあり、 いつかは名器と言われるピアノで演奏したいと、誰しも思うものです。 有名なブランドでは、スタインウェイ(スタンと略す)、ベーゼンドルファー(ベーゼンと略す)、ベヒシュタイン(ベヒと略す)という三大高級ピアノ ブランドがあり、さらに、ピアノブック(下図)にはシュタイングレーバー、ファツィオリ、ブリュートナー、グロトリアン、ザウターがあります。

これらの超高級ピアノ(Highest Quality)には、まだ日本製が到達できていない別世界で、 コンサートホール向きのピアノです。なお*(アスタリック)のついているブランドは高級ピアノ(High Quality)に分類されるものの、 限られた情報しかないので、暫定的な評価ということです。

ザウターピアノ

格付け表をご覧になってお分かりのように、ザウターはスタン、ベーゼンと同等の品質とされ、そして創業も1819年とベートヴェンの生きていた時代から ピアノ作りをしている老舗メーカーで、品質は申し分ないのに、三大高級ブランドよりも低価格の設定にしてあることに長らく疑問を持っていました。 しかし、いろんな方にきいても、適切な説明はなく、安い理由は分からずじまいで、耐久性に問題があるかもしれないと思いつつ、結局ブランド力の差という 理解で、私はザウターには後ろ髪をひかれながらベヒを購入した経緯がありました。

ザウターの正規代理店

ザウターブランドの販売をユーロピアノ系列が手放して、1997年から販売している島村楽器が正規代理店になりました。おりしも2019年は、 ザウター社創業200周年記念という事で、特別企画として梅村知世 ザウター ピアノ コンサートが2019年10月20日(日)に行われました。

私は、コンサートには間に合わないものの、ザウター社長も来日するという事をきき、日ごろの疑問をぶつけに島村楽器グランフロント店まで行きました。 梅村知世さんは、東京芸大出身でドイツで活躍しているピアニストです。世の中は狭いもので、大賀裕造先生や毛利高二先生もご存じですが、 岸和田ロータリークラブ60周年記念でリサイタルを依頼した鴇田恵利花(旧姓山本)さんとは同級生との事で驚きました。 ザウター社長の通訳は梅村さんにお願いして、長らく疑問に思っている事を直接ぶつけてみました。

ウルリッヒ・ザウター6代目社長

まず、ザウター社は長らくアップライトピアノ(UPと略す)を作っていたとのことですが、 ベートヴェンの時代には、いったい、どんなピアノを作っていたのかということをききました。社長曰く、その時代にはフリューゲルを作っていて、 その後、スクエアピアノを作り、1950年からはデザイン性のあるGPにも力を注いで有名なデザイナーであるペーター・マリーに依頼したのもその一環 とのことでした。


ザウター社の響板は他社よりも薄いものを使うとの事で、耐久性に問題があるのではないかと思っていました。さらに、弦の張力によっては、薄い響板では、 響板のクラウンが弦の張力に負けて、ピアノが早く駄目になりはしないのかを尋ねました。


ザウター氏は他社より薄い響板を、弦は細いものを、弦張力は高くすることが、ザウターの音色を特徴づけていて、響板に弾力性のあるものを使用することで、 戻りがあるので容易にクラウンはなくならず、55年ぐらいは持つとのことでした。


さらに、島村楽器の西日本統括部長の太田さんの話では、他社はクラウンをつくったあと、響棒はそのクラウンにあわせて削って、接着するけれど、 ザウターは響棒を響板に着けるさいに響板を湾曲させるという作り方で、それが、ザウターの音色の特徴を生み出しているそうでした。


勿論、響板もすべてドイツのバイエルン州のバヴァリアン・スプルースを使っているそうですが、ザウター社長の説明に関して ピアニストの梅村さんは古楽器の専門ではなかったためか、フリューゲル、ヴァージナル、スクエア等々の専門用語を説明なしで話されたので、 私にはもうひとつ理解し難い点が残り、結局あとはザウターのホームページを読むことになりました。


ザウター社の歴史

ヨハン・グリムが1790年に生まれたころのシュパイヒンゲンは、 現在はドイツ領ですが、当時はオーストリア領で、ウィーンに行く事は容易でした。大工をしていたヨハン・グリムは楽器職人を志し、 ウィーンですでに有名で、ベートヴェン等の重要人物にピアノを提供していたアンドレア・シュトライヒャーに弟子入りました。
その後1819年にヨハン・グリムがシュパイヒゲンに戻り小さな工房を開き月に一台のピアノを製作したのがザウター社の始まりで、 創業200年になる世界で最も古い歴史を持つ会社です。ヨハン・グリムには子供がいなかったので、甥のカール・ザウター1世に仕事を 継がせたのが名前の由来です。

ウルリッヒ・ザウター社長は、どうも一つのピアノを分かりやすくするため、フリューゲル(グランドピアノ型のチェンバロ)、 ヴァージナル(箱型のチェンバロ)、スクエアピアノと3種類の言葉で表現したので却って、私に混乱をもたらしたのですが、 結局のところ、ヨハン・グリムが作っていたのは、上の写真にあるようなスクエアピアノを作ったということのようです。 1760年頃にイングランドやウィーンでは多様なスクエアピアノが作られたものの、1860年代になるとそのサイズが 徐々に大きくなり、アップライト型ピアノの経済性が優位となり、スクエアピアノの家庭用楽器としての地位は徐々に アップライトピアノへ譲る形で姿を消したとウィキペディアにあります。

子供のなかったヨハン・グリムのあとは甥のカール・ザウター1世が継ぎ、スクエアピアノそしてカールの後を継いだヨハン・ザウターは スクエアピアノからアップライトピアノへと製造割合を変えてゆきました。

その後、カール・ザウター2世は第一次と第二次の世界大戦でピアノを必要とされない苦難の時代にも努力により工場を発展させました。

カール・ザウター3世になって、新しい技術と材料により、1952年グランドピアノ・モデル160を開発しました。 さらに、カール・ザウター3世の弟のハンス・ザウターが会社を引き継ぐとR2アクションとM-Lineシリーズ、そして現在の ウルリッヒ・ザウターはピアノのデザインモデルに力をいれ、ペーター・マリーのデザインによる斬新かつモダンなピアノを発表しました。

ザウターピアノは創業200周年を迎え、今日も工場では熟練職人の手によって新しいピアノが1台1台仕上げられており、 ドイツ国内でドイツ国民のためにピアノを作り続け、1950年代まで輸出してこなかったザウターピアノですが、 輸出をしても「100% Made in Germany」のモットーはこれからも守られ続けるそうです。

ザウターの日本での販売不振

超高級ピアノとして日本で知られているのは、スタン、ベーゼン、ベヒで、比較的高級とされるブランドには、かつてヤマハが扱っていた シンメル、そして、最近品質が向上したペトロフなどがあります。ピアノ販売業界は基本的に業績不振なため、常にM&Aなどにより 経営主体がかわったり、廃業したりするものがあり、ブランドヒストリーなどを良く紹介してあっても、かつてのブランドと現在の同じ ブランドが全く別物のことも多く、消費者は安心して購入できない実態があります。

現在、日本のピアノはヤマハ、カワイを標準としてピアノの品質を考えるのが定着して いると思います。その中で、例えばブロードマンはかつては日本製より優秀なオーストリア製でしたが、現在ではブランドは中国が持ち ヤマハ、カワイを捨てて買うブランドではなくなっています。一方、ペトロフなどはドボルザークのチェコで優秀なピアノを作って いましたが、東西冷戦の期間に大幅に品質を落とし、冷戦が終結し、自由主義陣営に入ってからは品質を改善した例もあります。 ベヒ、ブリュートナーも旧東ドイツで同様の傾向がありました。

ザウターは、南ドイツ(旧オーストリア領)で200年ピアノを作り続けてきたメーカーで、GPとUP合わせて 年間500台程度を生産する1)比較的小規模のメーカーです。そして、2)主として国内で消費されるUPを生産し、 3)GPを開発した1952年に初めて輸出を開始しました。3)小規模にピアノを生産することのメリットは機械化ではなく、 熟練職人の手で丁寧に作られる事です。4)もう一つのメリットは少量生産なので、100%部材をドイツ国内で調達すること が出来た点です。ヤマハ、カワイのように年間千〜万台の生産となると、機械化は勿論部材の調達も 全世界(響板はアラスカ産スプルース、黒檀はインドなど)になります。

ピアノの格付けでは超高級(Highest)、高級(High)、標準(Better)、練習用(Medium)と分類され、 戦前の多くの優秀な高級(High)ブランドが、中国に合法的にですが買収され、品質は練習用(Medium)に なってしまっているのに、同じブランド名なので高級(High)ブランドとして広告宣伝されている現実があります。

つまり、ザウターはドイツ国内でのみ販売されて輸出が遅れた分、海外の消費者に認知されることが少なく、 ピアノに興味のない消費者にとっては、ザウターが中国製ではなく本当に超高級なのかいぶかる結果となっていて、 消費者が手を出しにくい環境があるという事なのです。

その結果、日本ではスタン、ベーゼン、ベヒとヤマハ、カワイという有名ブランドばかり売れて、 良いピアノは必ず売れるというユーロピアノの目論見は外れたので、ザウターブランドを手放し、 島村楽器が販売することになったのだと思います。

島村楽器

私が良く試弾させていただいたのは、イ)神戸の松尾楽器(スタン)、ロ)神戸のユーロピアノ(ベヒ)、 ハ)新大阪の日本ベーゼンドルファー、ニ)新大阪のビーテック(ベーゼン)、 ホ)大阪中央区瓦屋町のピアノプラッツ(ベヒ)そして梅田カワイ、心斎橋ヤマハで、イ)ロ)ハ)は関西から撤退および倒産し、 残りのショウルームもヤマハ、カワイもピアノを買う方にしか試弾させないという、随分と敷居が高くなりました。

そんな中、島村楽器は私の印象では南大阪の泉南イオンにある、大衆的な楽器屋さんで、高級ピアノを扱うイメージはなかった のですが、梅田のグランフロント北館に進出し気軽に試弾させてもらえる数少ないお店になりました。

今回、ザウターコンサートの案内を頂いたのも、島村楽器営業担当の白馬さん(写真)のおかげです。最近の島村楽器の高級楽器 の取り組みをみて、お店の姿勢を見直し、白馬さんには親切にして頂いたので、島村楽器ファンになりそうです。


ボストンピアノ

楽器なんてどこで試弾しても同じと考えるかもしれませんが、暴露本のようで恐縮ですが、当たり前のことながら、 ヤマハ、カワイのお店でヤマハ、カワイ以外のブランドがおいてあったとしても、基本的に売りたいのはヤマハであり、 カワイなのです。勿論ヤマハもカワイも立派なピアノなので、それを買っても何の問題もありません。 しかし、別のブランドを試弾する場合、ちょっと嘘があるのです。

もう、撤退して神戸にはなくなった松尾楽器を例にとって説明しますと、スタインウェイには第一ブランドのスタン、 第二ブランドのボストン、第三ブランドのエセックスがあります。お店として一番売りたいのはスタンですが 今最低価格が1千万円します。だいたいそれを個人で購入するかたは少なく、各地方自治体のホールがお客の対象となるのですが、 一台も売れない場合、お店の経営は成り立ちません、 そこで、米国に依頼して、設計してもらい、カワイにOEM生産をしてもらったのがボストン(230万円位)です、 それでも経営が厳しいので、米国に依頼して設計し中国あるいは韓国にOEM生産させたのがエセックスピアノです。

ボストンはスタインウェイとカワイとが併売しています。スタインウェイに来たお客さんでスタンが高いので、 諦めてヤマハ、カワイに行かれてはお店は困るので、こんなピアノがありますよと紹介するのが、ボストンなのです。 ところが、スタインウェイ設計、カワイOEM生産なので、ボストンは相当の潜在能力があります。 しかし、松尾楽器に来たお客さんが皆スタンを買わずボストンばかり売れると困るので、 ベストの状態にはしていないのです。しかし、ボストンを買わずに帰るお客を引き留めるために、 ボストンを購入後10年以内にスタンに買い替える場合にはスタインウェイの購入価格からボストンを購入したときの 価格で下取るという約束付です。これは、エセックスピアノについても同様です。 ただ、松尾楽器では展示してあるエセックスピアノは最高の状態ではないようです。

一方、カワイのショウルームでもボストンは展示されています。梅田の ビルの一テナントなので、空調設備がビル全体で切れたり入れたいという操作をするので、深夜は極端に温度が下がり、 開店と同時に空調が回り始めるので、温度差が激しくて、ピアノの調律を一定にすべてのピアノにするのは難しいという 気の毒な面はありますが、カワイが一番売りたいのはSKなので、SKはベストになっていても、 ボストンはベストの状態にはなっていません。

つまり、松尾楽器でもカワイでもボストンは中途半端な状態で展示され、本当は潜在能力があるのに、 それを十分に発揮できないまま、ダメピアノの烙印をおされて、中古市場を賑わす可愛そうなピアノでした。 しかし、島村楽器がスタンの販売を手掛けることになって、そこのショウルームで弾いたボストンは、 本来の能力を発揮していて、感心しました。

島村楽器ではヤマハ、カワイ、ディアパソン、プラムバーガー、ペトロフからスタインウェイまでありとあらゆるブランドが 展示されていますが、どれが売れても良く、ブランドに拘りがないので、等しく調律がなされていて、ボストンもその一ブランドと 言うあつかいだからだと納得しました。もし、ボストンピアノにご興味のある方は、 東京のスタインウェイセレクションセンターか島村楽器でも試弾をお勧めします。

ザウターピアノのお勧め機種

御三家と言われる、スタン、ベーゼン、ベヒのGPは軒並み1千万円以上になりましたので、 超高級ブランドはすごく敷居が高くなりました。

しかし、ヤマハのCFシリーズも1千万円以上、ヤマハのSシリーズやカワイのSKシリーズも500万円台になっています。 これらを試弾するとき、選択肢の一つとして、ザウターGP185デルタ(500万円台)は入れるべきだと思います。

それから、高級ピアノはGPでなくてはと思われるかもしれませんが、UPも馬鹿にできません。UPの御三家はGPとは異なり、 ベヒシュタイン、グロトリアン、シュタイングレーバーとなっていて、多くの方がベヒシュタインを選ばれますが、 ザウターのUPも選択肢に入れて頂きたいと思います。

特に、ペーター・マリーがデザインしたピュアノーブル(R2アクション付300万円位)はザウター社長が 「最高品質の響板を使った」というだけあって、これ以上美しい音色を聴かせてもらったことはないほどの出来です。 そのほか、ラガッツア(R2アクション付200万円位)はザウターらしいブリリアントな音色とGP並の素早いアクションの動きが あり、コストパーフォマンス抜群ですので、GPにこだわることはないと思います。