毒餃子と眼

(2008年2月8日)

(大阪保険医雑誌2008年4月号掲載)

毒入り餃子騒動

 

2008年1月30日の報道「中国製餃子を食べ10人入院」に端を発した毒入り 餃子騒動は、日本たばこ産業(JT)傘下の、東京都内のジェイティフーズ(株)が中国河北省食品輸出入集団「天洋食品工場」 から輸入した「冷凍餃子」に有機リン化合物で農薬、殺虫剤のメタミドホスが混入していたことでおこった健康被害です。

日本の食材の中国依存度の大きさが浮き彫りに

2008年1月30日の報道後 双日食料 (2008年1月31日)、 ジオラ(2008年1月31日)、 マルハ、日本ハム、味の素KK (2008年1月31日)、 JT delight world (2008年1月30日) 伊藤ハム、神戸物産(2008年1月31日)、 紀文食品(2008年1月31日) 、 日本食研、コープネット事業連合(2008年1月30日)、 日本生活協同組合連合会 (2008年1月30日) 加ト吉 (2008年1月30日)、 カネテツデリカフーズ(2008年1月31日) 江崎グリコ(2008年1月31日) と大手メーカーの商品自主回収が相次ぎました。

1月30日から2月1日までの間に3000件に及ぶ苦情電話がジェイティフーズに よせられ、日本生活協同組合連合会には、事件発覚の1月30日から2月4日まで、 問い合わせ先のフリーダイヤルには25万2082件の電話があったそうで、 事態の深刻さと大きさが浮き彫りになりました。

また、新たにメタミドホスが検出されたり、有機リン系中毒が疑われたりする症例ではなく 中毒とは無関係であったようですが、中国製冷凍ギョーザ中毒事件で、健康被害が出たと 保健所や医療機関に訴えた人は、44都道府県の1702人に上ったことが、厚生労働省の2月2日夜 までの集計で分かりました。 

さらに、文部科学省は2月4日、07年11月〜今年1月に学校給食で使っていた 国公私立の小中学校や幼稚園などが、少なくとも606校あると発表しました。 緊急調査の同日午後9時現在の中間集計で、使用実績は今後も増える見通しですが、 幸い、千葉、兵庫両県で中毒事件の原因となった2種のギョーザCO・OP冷凍食品「手作り餃子」と 冷凍食品「手包みひとくち餃子」を使用した学校はなく、 健康被害の報告はなかったようです。しかし、わが国の食材の中国依存度の 大きさを改めて認識させられました。

被害を拡大させた初期対応の遅れ

東京都福祉保健局の1月30日発表によれば

(1)1月7日午前9時頃、兵庫県から、「1月5日、県内で冷凍餃子を喫食した3名が めまい、おう吐、血中コリンエステラーゼ活性低下など、有機リン中毒を疑わせる症状を 呈したため、当該餃子に関する調査を依頼したい。」旨の連絡があった。

(2)1月29日午後6時頃、千葉県から、「1月22日、県内で冷凍餃子を喫食した5名が 30分後に一斉におう吐、腹痛等の食中毒様症状を呈し、救急車で病院に搬送された。 血中コリンエステラーゼ活性低下など、有機リン中毒を疑わせる症状を呈しているため、 当該餃子に関する調査を依頼したい。」旨の連絡があった。

(3)1月30日午後0時頃、千葉県から、上記(2)とは別に「昨年末、県内で冷凍餃子を 喫食した2名が有機リン中毒を疑わせる症状を呈したため、当該餃子を検査したところ、 有機リン系農薬を検出した。現在、科捜研で検査中である。」旨の連絡があった。

との事で、いずれの事案も県から厚生労働省への連絡ではなく、東京都から厚生労働省へ 連絡が行って、はじめて厚生労働省が事態を認識したようで、対応の遅れが、健康被害を 拡大させることになりました。

機能しなかった食品安全管理体制

千葉市稲毛区の女性(36)が食べて発症した「CO・OP手作り餃子」を販売した生協で作る 「コープネット事業連合」(1都7県、さいたま市南区)に昨年11月から今年1月の間、 中身に関する苦情が他に5件あり、うち2件は健康被害と薬品臭をそれぞれ訴えていましたが、 有効な対策はとられていませんでした。

兵庫県高砂市の自営業男性(51)ら親子3人は1月5日、 「手包みひとくち餃子」を食べた後、めまいや嘔吐(おうと)など、有機リン系農薬による中毒を疑わせる症状を訴えて入院しました。 この事実は、兵庫県から品川区保健センター(品川区)を通じてJTの品質管理部に1月7日 連絡が入りました。

輸入元の「ジェイティフーズ」(東京都品川区)のサンプル調査は 親会社日本たばこ産業の品質管理部がすることになっていたのです。しかし、 同一ラインで製造日が同じ商品の分析検査など保管していたサンプルや在庫商品の分析を 一切せず、またこの時点で同社は、千葉市稲毛区の母子が2007年12月末に、同じ中国の工場で 製造された別の商品のギョーザを食べて健康被害が出たとの情報を得ていましたが、この 2つを関連付けるに至らず、兵庫県の問題について把握した1月7日から約3週間、 自社側の調査はしないままでした。

12月の時点で、あるいは1月7日の時点で素早く調査が行われていたら、その後の 健康被害者が出なかったのではないかと思うと、各社の対応のまずさが改めて浮き彫りと なり残念です。

有機リン系殺虫剤メタミドホスの特性

有機リン系の殺虫剤「メタミドホス」は、 無色の結晶でアブラムシの駆除などに使用される殺虫剤で、「アセチルコリン」の分解を するコリンエステラーゼ阻害することで、神経まひを引き起こします。またこの様な有害作用は アルコール飲料の使用により増大するそうですので、酒の肴に餃子は要注意です。 家庭で害虫駆除などに利用されている農薬よりの10〜100倍と 毒性が強いため、人体や環境に与える影響を考慮し、日本では使用が禁止され、 農薬としての登録もされていません。メタミドホスなどの毒性を高め、 兵器用に改造したものがサリンです。

メタミドホスを使うときは水に溶いて使いますが、においは20度程度ではほとんど気化しないので、 冷凍食品内に入っていたとしても、ほとんどなく、調理の時に温めることで、発生しますが、 それはキャベツやタマネギが腐ったようなにおい といわれています。また、環境に関するデータでは、鳥類、ミツバチ、魚類への影響に 特に注意が必要で、下水に流してはならない物質になっています。またこの物質がこぼれる のを防ぐため、破損しない包装が義務付けられ、海洋汚染物質、EU分類、国連危険物分類、 国連包装等級も指定されています。

メタミドホスの使用状況

2002年7月の産経新聞の報道によれば、 当時の中国での国内産量が世界最高の7万トンに達し、また、中国国内23都市を対象にした サンプリング調査では、47・5%の野菜からメタミドホスなどの残留農薬が検出されたというほど、 広く利用されていました。

以前から危険性が指摘されており、すでに世界の多くの国では使用が禁止 されていましたが、中国では、02年にメタミドホスなどの農薬によって汚染された 野菜や果物を食べた人が、呼吸困難といった急性中毒症状によって死亡するケースが急増し、 政府が規制と調査に乗り出して、やっと、07年1月から中国で国内での生産、流通、使用が 禁止されたのです。

禁止になった後も、効果的に害虫を駆除するため、隠れて使用を続ける農家が多いという 指摘もありますが、中国製冷凍ギョーザ中毒の被害者、千葉市稲毛区の女性(36)方で 食べ残しになっていた「コープ花見川店」(千葉市花見川区)で販売されたギョーザを 生活協同組合連合会コープネット事業連合(さいたま市南区)が食品環境検査協会に検査を依頼した結果では、 濃度130ppmの有機リン系殺虫剤「メタミドホス」が2月1日に検出されており、これは、国が06年に 導入した残留メタミドホスの基準では、ニラ0・3ppm、キャベツ1・0ppmで、 すりつぶして検査したためどちらかは分からないものの残留濃度はニラなら430、キャベツなら130倍 ということになり「通常の原材料の残留農薬とは考えにくい」こと、症状も 業界関係者からは「あれほどの症状が起きるのは、残留農薬ではあり得ない」といわれております。

流通過程のどの段階で混入したのか

冷凍食品の袋に穴があいており、高濃度の殺虫剤を故意に入れた可能性が示唆されています。 天洋食品から船便で日本へ輸出され、小売店で売られるまでの、どの段階で毒物が入れられたか を究明するためには、中国の捜査協力が不可欠ですが、 日本の捜査当局と中国の見解の相違もあって、真相究明には時間がかかりそうです。

新たにジクロルボス混入の発覚

コープが「メタミドホス」を検出する過程で、同じ方法で有機リン系殺虫剤「ジクロルボス」が検出された発表 報道をみて、同県相馬市の家族4人が2007年12月上旬ごろ、ジクロルボスが検出された製品と同じ 07年6月3日製造の「CO・OP手作り餃子」を食べ、その日のうちに下痢ややおう吐などの健康被害 があったと届け出たことを2月6日、福島県が明らかにしました。 製品は中国の「天洋食品」が製造し、福島市の「コープふくしま」が宅配しましたが。 4人は軽症だったため病院には行かなかったとの事です。

ジクロルボスとは

有機リン系の殺虫剤「ジクロルボス」は農薬として開発され、日本を含む各国で広く 用いられています。揮発しやすいため、野菜、果樹の他、茶や桑などの殺虫にも用いるほか、 揮散性が高く代謝による活性化が必要ないため効果発現に即効性が高く、 また残効性は低いため防疫用殺虫剤、殺うじ剤や家庭の衛生害虫用殺虫剤成分 としても用いられています。 日本の家庭用では、合成樹脂製の板に含浸させることで 徐々に気化させる樹脂蒸散剤として用いられる場合が多いようです。

国立医薬品食品衛生研究所の国際化学物質安全性カードによれば、 外観は特徴的な臭気のある無〜琥珀色の液体で、化学的危険性は、分解すると、 リン酸化物、ホスゲン、塩素を含む有毒なフューム(有毒ガス)を生じるほか、 金属、プラスチック、ゴムを侵す作用を持っているとの事です。

短期暴露の影響: 皮膚を刺激し、中枢神経系に影響を与えることがあります。コリンエステラーゼ阻害剤としての作用を持つので、 許容濃度を超えて暴露すると死に至ることがあります。これらの症状は遅発性に現われることがありますので、 医学的な注意深い経過観察が必要です。

長期または反復暴露の影響: 反復または長期の皮膚への接触により、皮膚炎を引き起こすことがあるほか、反復または長期の接触により、 皮膚感作を引き起こすことがあります。また、コリンエステラーゼ阻害剤としての作用が蓄積されて出る可能性が あります。また、人で発がん性を示唆する報告もあります。

環境に関するデータでは、水生生物に対して毒性が非常に強いので、揮発性の高いこの物質は環境中に放出してはならない とされています。包装・表示では、重度の海洋汚染物質でEU分類、国連危険物分類にも指定されています。

中毒に対する対策は、メタミドホス同様に一般の有機リン中毒と同じ対処でよいと考えられます。常温ではほとんど臭いのない メタミドホスと異なりそれ自体特有のにおいがあるのが特徴です。

中毒症状のポイントは眼

国立医薬品食品衛生研究所によると、メタミドホスを吸飲や経口によって摂取すると、 2時間以内に、下痢、嘔吐(おうと)といった症状に加えて、血圧の低下やめまい、息苦しさを発症します。 症状が重い場合は、呼吸困難や意識喪失を引き起こし死に至ることもあります。

急性症状(軽症)
倦怠感、違和感、頭痛、めまい、胸部圧迫感、不安感と軽い程度の体の動かしにくさなど有機リン中毒特有のものは 出ませんが、はきけ、嘔吐、つばが大量に出る、大量の発汗、下痢、腹痛など、一般の食中毒と区別しにくいですが 縮瞳(茶色の虹彩の真ん中にある黒い「ひとみ」が直径1mmぐらいになる) しているなら要注意です、しかし縮瞳がないからといって、有機リン中毒でないとはいえません。

急性症状(中等症)
軽症の症状に加えて縮瞳、筋肉の線維がピクピク痙攣するのが見えますし、 歩くことも困難で、喋れなくなり、視力減退、心臓の脈が遅くなります。

急性症状(重症)
縮瞳、意識混濁、対光反射消失、全身痙攣、肺水腫、失禁が起こり、 死亡するのはこの肺水腫が原因のことが多いそうです。

 家庭での効果的な対処法はないため、病院に搬送して投薬治療をうけることが最善です。  急性の症状が落ち着いた後に、しびれや運動まひといった症状が現れることもあります。 一般的には数週間で快方に向かいます、ただ、遅延性神経障害により長期化する場合もあり、 サリン事件で被害者が後遺症に苦しんでいるのは、この症状です。

有機リン中毒にたいする対策

毒入り食品を食べない

冷凍食品を食べるときに、メタミドホスでは野菜などの腐った臭い、 ジクロルボスでは油臭い臭いなど異臭がするようですので、異臭、薬品集臭のするときには、その冷凍食品は 食べないで下さい。

中毒を疑ったらすぐ病院へ

中毒か感染性腸炎などの病気かを区別するのは 素人では難しいのですが、食べて2時間ぐらいですぐ症状がでて、胃腸症状と眼の症状が同時に でるのは、急性有機リン中毒を疑わなければなりません。症状として脱力、目のかすみ、嘔気は 100%出るとの統計もあります。また別の統計では、トップに目の刺激をあげる報告もあります。

病院での所見

病院についたら 家族はまず、上記症状が家庭で見られたので、中毒を疑っている旨、医師に伝えなければなりません。 病院で見てもらうと、やはり85%に縮瞳、59%に嘔吐 58%に流涎がみられるとのことです。

事件の教訓

今回の事件はまだ解決にいたっておりませんが、 わが国の食の安全に対する危機管理の甘さが、健康被害を拡大させた事件といえます。

1)日本の何十万人もの人が中国の一企業に食料を依存していることは驚きでした。しかし、この 危険を分散するためには複数の企業から餃子を輸入すべきではなかったかと考えます。 毒物混入の原因が故意かミスか、また中国か日本なのかまだ分かりませんが、 こういうことは原因がわかって改善したり、罰したりしたとしても、今後も起こり得ることと 危機意識を持ち次善の策として考えるべきです。

2)健康被害が起こっても、日本企業の食品安全管理体制の不手際が健康被害に即座に対応 出来ませんでした。企業の製品取り扱い高が大きくなると、平常業務をしながら苦情処理を 一般職員の求めるのは無理があります。現場の職員に、兵庫県の事例と千葉県の事例の関連性 の発想を求めても無理です。苦情処理センタで一括管理し、専門職の職員が情報を集めて 管理するシステムを早急に構築する必要があると思います。

3)県から厚生労働省への連絡が遅れ、被害の拡大を食い止められませんでした。福田総理は 今後の連絡システムを改めるといっています。有効なシステムである事を願いたいですが 2)と同じで、多分保健所の職員の仕事は色々の仕事のかけもちですので、上手く機能しない かも知れません。職員個人の努力に期待するしかないのでしょう。保健所の職員を増やすことなど 無駄だというのが最近のご時世ですから。しかし、安全は只で買うことは出来ないことも 私たちは認識しなければなりません。

私たちにも、食品の流通過程で故意に毒物を入れるという発想がなく、また、企業や生協の 食品衛生管理には絶大な信用を寄せていただけに、食の安全危機管理が機能しなかたことは ショックでした。また、日々の臨床で、食中毒や胃腸炎の症状であっても、縮瞳があれば、 有機リン中毒を疑うという、健康被害防止のための危機意識を持つ必要に迫られていることを 認識せざるを得ません。