趣味としてのピアノ(その32)「コロナ禍の中の演奏会」

(2023年4月岸和田市医師会広報掲載)

公開講座とピアノ

 2022年9月コロナ禍のなか、4回目のワクチン接種がおわり、すこし、安心していたところ、医師会の大澤さんから、 眼科の公開講座とピアノ演奏の依頼をうけました。社会福祉協議会の岸和田市介護者家族の会「みずの輪」の山本一美会長からの 依頼で、毎月開催する集いの「10月の集い」で、今まで、眼科の話がなかったので、「加齢による目の病気」をしてほしい という事でした。また、私の同級生の矢倉久義先生が公開講座をされて、その後にサックスの演奏をされたのが、 大変評判がよかったので、公開講座のあと、わたしにはピアノ演奏をしてほしいと言うことでした。

当日の案内




コロナ禍で演奏活動が極端に制限されていて、2〜3年ピアノを弾くことが 殆どなく、ろくな演奏ができないので、躊躇しました。しかし、私が市民病院に勤務していた当時、婦長さんであった、 山本会長さんを知らないわけではなく、お断りするのは、はばかれますので、矢倉先生のように気の利いた演奏は出来ないけれど、 お引き受けすることに致しました。




じつは、2003年10月30日に保健センターで中高年の眼科疾患という 定例健康教室を担当させていただき、白内障・緑内障の内容で講演しましたが、すでに20年経過し、同じ内容では古すぎるのと、 講演一時間、演奏一時間の予定で、あまり盛沢山の内容では聴衆の緊張状態が維持できないので、緑内障だけにしようと考えた のですが、すでに、チラシに白内障、緑内障、加齢黄斑変性と書かれてあったので、 白内障と加齢黄斑変性は最近の話題に限定し、分かりにくい緑内障を中心にお話しすることにしました。


<第一部公開講座>




白内障について

選定療養

「多焦点眼内レンズを用いた水晶体再建術」等が2020年4月1日より先進医療から削除されました。 「多焦点眼内レンズを用いた水晶体再建術」等、先進医療から削除され、2020年4月1日以降に治療を受けた場合、保険始期日にかかわらず 先進医療費用保険金等の支払対象外となりました。なお「多焦点眼内レンズを用いた水晶体再建術」のあるものは、 2020年4月1日以降は選定療養になりましたので、生命保険の「疾病手術保険金」や、健康保険に連動し疾病手術を補償する保険金の支払対象に 変わっています。


選定療養により多焦点眼内レンズを用いた白内障手術費用はどう変わった?

医療機関で差はあるものの、多焦点レンズ手術費用は、およそ50万円から70万円程度で、 この費用は、いままでは先進医療特約に加入されていると、保険会社から保障が受けられましたが、 2020年4月以降は保障の対象外となりました。


しかし、 2020年4月以降の今までの多焦点レンズを用いた手術は、選定療養となったので、手術にかかる技術料自己負担分(1万円〜4万円)に加え、 差額レンズ代として20万円〜30万円程度となり、生命保険の先進医療特約に入っていなくても手術を受けやすくなりました。


さらに、今まで単焦点レンズのみだった保険診療に保険適用になった多焦点レンズが加わりました



保険適応の多焦点レンズ(所謂遠近両用眼内レンズ)

保険診療内で白内障手術を受ける場合、従来型の単焦点レンズと参天製薬の多焦点レンズ、 多焦点乱視用レンズの中から患者さんの用途に応じて、選択することになります。

レンティスコンフォート

レンティスコンフォート






多焦点レンズで、保険診療内で選択できるレンズ。



レンティスコンフォートトーリック

レンティスコンフォートトーリック






保険診療内で選択できる多焦点レンズで、乱視矯正機能のついた眼内レンズ。






多焦点レンズか単焦点レンズ(従来)か



・従来の単焦点レンズ(保険診療:現状で一番多い)

・保険適応の多焦点レンズ(保険診療)

・保険適応の多焦点乱視レンズ(保険診療)

・保険適用外のレンズを選択(選定療養)

・保険適応外のレンズを選択(自由診療)

圧倒的に多いのが、保険診療内で単焦点か多焦点かを選ぶ方が多く、 日常生活をする上では、多焦点がよいものの、手術したあと、精密作業をする方には多焦点は向いていません。 正確に瞳孔中心に眼内レンズを合わせる必要がありますので、多焦点レンズを多症例手掛けている医師にしてもらう 必要から、出来る病院が限られます。単焦点レンズの歴史が圧倒的に多いので、結果を安心して受けられる というのは、単焦点レンズになるので、どうしても多焦点レンズを選択する必要はありません。主治医と良く 相談して決めてください。


加齢黄斑変性について

網膜の外側には、脈絡膜という、血管に富んだ膜があります。 一般に加齢黄斑変性は黄斑部の後ろの脈絡膜に新生血管という、にわか作りの異常血管が発生し、黄斑部を障害する病気です。


眼球正常断面図 正常眼球水平断面


眼球断面図





網膜の下に新生血管が生えると網膜下新生血管が網膜を障害

眼球断面図 上の拡大図


初期症状





加齢黄斑変性の初期症状は、正常では、遠景の林までクッキリ見えるのですが。

初期症状 黄斑部網膜の下に新生血管が出来ると血管外に血漿成分の漏出がおこり、限局性の網膜剥離になります。
するとものがゆがんで見える、中心が見づらい、視界の真ん中がグレーになってかすむなどの症状が起こります。 つまり、全体としてはクッキリ見えるものの遠景の林がぼやけることが起こります。

加齢黄斑変性の発生のメカ二ズム

・老化によって、黄斑部網膜の老廃物の処理する働きが衰え、黄斑部に老廃物などが沈着し(ドルーゼ)、網膜の細胞や組織に異変をきたすことと考えられています。

・紫外線による暴露、喫煙、遺伝、生活習慣もリスクと考えられています。

・加齢黄斑変性は、欧米人に多く日本人に少ないタイプの萎縮型と、日本人に多い、滲出型に分類されます。

加齢黄斑変性(1)

加齢黄斑変性(初期)






初期は、黄斑部網膜下の限局性網膜剥離です。


加齢黄斑変性(2)

加齢黄斑変性(3年後)






しかし、病期が進行すると、やがて、網膜下の新生血管から、血漿成分だけでなく、出血も起こってきます。


加齢黄斑変性(3)

加齢黄斑変性(4年後)






出血がひどくなると、網膜下血腫の状態、さらに硝子体出血まで起こります。


光干渉断層計

光干渉断層計(4年後)






今までは、眼底を検眼鏡とか眼底写真、あるいは蛍光眼底造影など、平面的にしか見ることが出来ませんでしたが、 光干渉断層計(OCT)の出現により網膜の下の状態を断面として捉えることが出来るようになりました。


滲出型加齢黄斑変性の治療



1. 抗血管新生療法、

2. 光線力学的療法、

3 . レーザー光凝固術


4 . 副腎皮質ホルモントリアムシノロンアセトニド(マキュエイドR)併用






抗血管新生療法とは



現在の治療の主流は抗血管内皮増殖因子(抗VEGF)の硝子体注射です。 注(VEGF:Vascular Endothelial Growth Factor)
眼内に注射で抗血管内皮増殖因子(抗VEGF)を入れて、加齢黄斑変性の原因である新生血管の増殖を抑制します。 抗血管内皮増殖因子(抗VEGF薬)には以下のものがあります。

ラニビズマブ(ルセンティスR)

アフリベルセプト(アイリーアR)

ブロルシズマブ(ベオビュR)

ファリシマブ(バビースモR)2022.05.25発売



VEGF阻害薬

抗血管新生療法の問題点



およそ、次のようにいわれている。

注射一回で治る人が3割

つぎの3割は平均8回で治る

残りの人は永久に2〜3ヶ月毎に注射

早期発見早期治療をしないと効果は限定的

治療開始が遅れると高度の視力障害に至る

注射が高価なことが問題

3割負担の方で1回の注射で20000円〜55000円程度の費用だが高額医療給付を受けられる






緑内障について

・徐々に視野が狭くなります。(開放隅角緑内障)

・40歳代以上の中高年に多く、40歳以上の人の5%に緑内障が見られました。(多治見市)

・多くの方が緑内障と気付かずに治療を受けていません。推定では国内の患者数は465万人といわれています。

・「緑内障」は、眼圧が高くなることによって、視神経が障害され、視野(見える範囲)が狭くなったり、部分的に見えなくなったりする病気と考えられていました。

・眼圧が正常でおこる開放隅角緑内障は、「正常眼圧緑内障」と呼ばれています。

・現在はむしろ「正常眼圧緑内障」が多い事が分かっています。

原発性緑内障

注:原発性とは、原因が分からないもので たとえば、糖尿病で出血を起こしたり、目にボールがあたったり、虹彩炎などで眼圧が 上昇しておこるものは、もとの原因があるので続発性と言いますが、此処では省略します。

1.閉塞隅角緑内障(急性と慢性がある)

2.正常眼圧緑内障(開放隅角緑内障)



1.閉塞隅角緑内障

閉塞隅角緑内障

閉塞隅角緑内障の特徴(左写真は急性発作時のもの)

50歳以上の高齢者で女性に多い


(前駆症状)
かすみ目、虹輪視、片頭痛、軽い眼痛


(急性緑内障発作)
激しい片頭痛、悪心、嘔吐(身体症状)
 急激な視力低下、充血
即治療しないと失明する 



閉塞隅角緑内障のメカニズム

閉塞隅角緑内障模式図

房水は毛様体から産生され、後房から瞳孔をとおって、 前房へながれて隅角繊維柱体を通って、眼外へ排出されますが、瞳孔ブロックが起こると、後房の 房水が虹彩を持ち上げることで、房水の排水路である隅角を閉塞することで起こります。


閉塞隅角緑内障の治療(手術が第一選択)


白内障手術

周辺虹彩切除

レーザー虹彩切開術

2.正常眼圧緑内障(開放隅角緑内障)

開放隅角緑内障






開放隅角緑内障の殆どが日本人では正常眼圧緑内障で、 左写真のように、視神経乳頭陥凹拡大と、線状の乳頭出血および、神経線維層の脱落がみられます。










人間ドックでは、眼底検査で、以下のように視神経乳頭陥凹として発見されることがおおくなりました。

視神経乳頭陥凹




開放隅角緑内障の特徴


・中年以上の高齢者

・自覚症状がほとんどない。

・何となく目が疲れる程度(眼精疲労)

・進行してから視力低下、視野狭窄に気づく。

・みにくい症状が出たときには進行している。

・失われた視力や視野は回復しない。

・眼圧が正常値を示す人が多い。(2002年)




開放隅角緑内障の症状

上図のように右目の視野が欠けても、左目の視野で補うので、自覚症状に乏しく、 中心視野が欠けるのは、後期や末期になってからと言う事が多いので、発見が遅れます。



初期の正常眼圧緑内障


>初期の正常眼圧緑内障



中期と末期


>中期と末期



視野欠損の程度で病期を分ける

>視野欠損の程度で病期を分ける

開放隅角緑内障のメカニズム

開放隅角緑内障のメカニズム

隅角繊維柱帯の老化により、房水の流出抵抗が増大し眼圧が上昇




開放隅角緑内障の治療(第一に点眼、第二に手術)

開放隅角緑内障の手術



開放隅角緑内障の手術

治療の基本は、眼圧を下げて、現状の視機能(視力や視野)を維持するのが 目的で、白内障手術のように見えなくなった視機能を回復させることは出来ないので、点眼で視機能の維持が出来ない時や 様々な事情で、点眼が出来ない時に(点眼薬のアレルギーなど)手術が選択されます。

緑内障診療ガイドライン

緑内障診療ガイドライン(2022版)

緑内障診療ガイドラインによると緑内障とは「視神経と視野に特徴的変化を有し、 通常、眼圧を十分に下降させることにより視神経障害を改善もしくは抑制しうる 眼の機能的構造的異常を特徴とする疾患である」(日本緑内障学会ガイドライン)と定義されます。









これではいかにも分かりにくい、というのも、一番肝腎の緑内障の原因が多岐にわたるからだと思います。 それで、理解を深めるために、歴史的な観点から、その概念の変遷をみます。




緑内障の概念の変遷


・紀元前4世紀にヒポクラテスの記載がすでにあります。

・以降紀元1600年頃まで目が悪くて失明した人の眼が緑色に見えたので「緑内障」と命名したようです。

・17世紀初頭〜19世紀中期に、教科書には緑内障の基本が記載されました。

・1830年〜1854年にはマッケンジーが病期分類と眼圧の概念(高眼圧)を提唱し、緑内障は眼圧が高いという考えが定着。

・ところが、1989年(H1)第一次疫学調査で、正常眼圧緑内障が多いらしいという事が分かってきました。

・それをさらに検証するために2002年(H14)多治見スタディーが行われ、開放隅角緑内障の殆どが正常眼圧であることが分かってきて現在に至っています。




眼圧の正常値はどうして決めたのか

眼圧と緑内障性視野異常率の関係


正規分布を示す母集団に対して、眼圧が21mmHgを超えると、急に緑内障の有病率が高くなるので、 眼圧が21mmHg以上は高眼圧、20mmHg以下は正常と決めたのですが、左に眼数、右に有病率で決めたところに問題があったと思います。

 第二次疫学調査で、日本人の緑内障のおよそ7割が開放隅角緑内障で、そのうちの9割の方が、 眼圧が正常であることが明らかになるまで、正常眼圧緑内障の患者は、放置されていたことが明らかになったのです。

開放隅角緑内障について

当日使ったパワーポイントの画像です。詳細は省略致しますが、緑内障かどうかの 判断は、視野に変化をきたしているかどうかで判断します。上の表で、視野に変化がなく、眼圧も正常なものは正常ですが、 眼圧が高くても視野に異常をきたしていなければ、高眼圧症と言います。ところが、眼圧が正常でも高くても視野に異常 があれば、緑内障になります。ただし、緑内障性視野狭窄でなければなりません。


眼圧が正常なら緑内障ではないとはならない

2002年以降の考え方

末期の視神経乳頭

緑内障の早期発見

検査機器の進歩

・ハンフリー自動視野計
・光干渉断層計(OCT:optical coherence tomography)

前視野緑内障


OCT検査により、視野に異常の出る前段階が分かるようになった。



前視野緑内障とは

前視野緑内障の治療

緑内障と診断されたら




<第二部ミニコンサート>

第二部ミニコンサート

公開講座一時間のあと、第二部一時間はミニコンサートと言う事で、バッハとショパンの曲を以下のように、一時間分用意したのです。

バッハ

バッハの曲

ショパン

ショパンの曲

しかし、高齢者の方々に、知らない曲を一時間もきかせるのは如何なものかと、言う事で、 前日に急遽、唱歌を用意し、会場の皆さんと歌う事にしました。
問題は、唱歌を歌ってもらったあと、どれだけ時間が残っているのか、準備の時間が十分になく、分からなかったので、
ピアノの一曲目にバッハ平均律2巻17番のあとに唱歌を入れることにしたのです。

故郷

ペチカ

選曲も簡単ではなく、というのも、歌曲の伴奏は、歌のメロディーと違う音を奏でるので、 80歳の高齢者に音符付きの楽譜を見せても無理ということで、ほぼ、本来のメロディーを伴奏する「ふるさと」と「ペチカ」をえらびました。
さらに、会場が一体感をもって歌えるように、声楽を習っている家内に、演壇で皆さんの歌声を引っ張ってもらう事にしました。

 残りの時間が、どれだけとれるのか分からず、会場で希望をきくと、ショパンのポロネーズ6番が一番多く、ピアノの2曲目はこれを採用しました。 丁度、それで終わると時間になり、やれやれと思っていましたら、

山本一美会長さんが、「なにか、アンコールを弾いてくださるのかしら?」とか、会場から、「リチャード・クレーダーマンを」とか、「エリーゼのために」とか、
60年前とか30年前なら弾けたかもしれない曲の注文が続出、仕方なく、ショパンのポロネーズ1番を弾いて終了時刻となり、お開きとさせていただきました。

(本稿は関西医科大学松村美代名誉教授に校閲を賜りました事、深謝いたします。)