趣味としてのピアノ(その19)「浪切ホール」

(2011年3月31日発行医師会広報掲載)

 世界の高級ピアノの御三家といえばスタインウェイ、ベーゼンドルファー(以下ベーゼンと略す)、ベヒシュタインで、ベーゼンはオーストリアを代表するピアノです。最近、岸和田市立浪切ホールのベーゼンを弾く機会を得ましたので、それについてお話したいと思います。

ラインナップ

  ベーゼンの生産するピアノのラインナップを一応理解していただかないと、混乱を生じますので、以下に模式図を挙げました。

 上記は旧来のベーゼンドルファーのラインナップで、左から巨大なインペリアル290ついで、コンサートピアノ275、セミコンサートピアノ225とあり、ピアノのリムが角張っているのがお分かりかと思います。モデル200や170はサロンや家庭用のピアノでリムが曲線を描いています。

角張った形は、昔は曲線にするのが難しかったからだそうです。現代では多くのピアノは曲線を採用しています。しかし、ベーゼンが相変わらず角張っているのはリムも共鳴させるために響板と同じ素材をつかい、さらに共鳴するリムにストレスがかからないように内面に多くの切れ込みを入れてカーブを作っていることと関係していると思われます。

 今回浪切ホールで弾いたピアノは旧来の角張ったモデル275では なく、新型のモデル280です。

事の発端

 いつまでも低速ばかりで走らせている新車は高速で走れないといわれています。新品のピアノも同じで弾き込まずに置いておくと鳴らなくなります。

 浪切ホールのピアノ演奏会でベーゼンを使用したN氏よりピアノの弾き込みが足りないと指摘され、その対策の相談で、岸和田市文化財団の円谷さんより連絡をうけお会いしたのが平成21年7月でした。購入から9年ほど経過し、弾きこんであればピアノとしては十分に音も安定してくる時期ですが、何しろベーゼンは高級品で貸出料も高い設定なので、ホールを利用する殆どの方がヤマハをつかい、ベーゼンは年に1〜2回しか使われていないとのことでした。

 この角張ったベーゼン・インペリアルの形はいかにも威圧感のあるピアノで他を圧倒する印象がします。鍵盤の数は97鍵あり、一般の88鍵と間違えないように追加した低音鍵盤は白鍵部分の上面を黒く塗りつぶされていて、低音弦とサウンドケーズの共鳴により弾くと湧き上がる音の渦の中で弾いているような感覚になります。

 一方、新型のベーゼン280は21世紀になって新たに設計された88鍵ピアノでリムも曲線化されごくスマートで現代的になっています。

  「浪切ホール」のピアノは、ベーゼン280、ヤマハCFVS、ヤマハC7などがあります。医師会看護学校の入学式や卒業式でよく利用している「まどかホール」には有名なベーゼンドルファー・インペリアル290とヤマハCFがあります。 写真で比較すれば280が貧弱なように見えますが、一般に、一番大きなフルコンサートピアノはスタインウェイ、ヤマハ、カワイも全て長さが、この280cm前後なので、いかにベーゼン・インペリアルが巨大なピアノであることが分かります。308cmのイタリアのファツィオリのフルコンサートピアノが出るまではこのベーゼンのインペリアル290が世界最大のピアノでした。

行政の壁

 2002年に出来た「浪切ホール」は大ホール(1552人収容)と小ホール(288人収容)があり、運営は藤本義一氏を理事長とする財団法人岸和田市文化財団です。それより先の1984年に出来た「まどかホール」(501人収容)は運営主体が岸和田市、さらにサロンコンサートでよく利用される「自泉会館」の運営は岸和田文化事業協会と、運営団体はそれぞれ別です。そのほかに、主たる目的が会議ですが商工会議所が運営する岸和田市立産業会館でも演奏会を開催することは可能です。

 指摘を受け、財団では音大生や岸和田在住のピアニストに依頼して、弾き込みを行っているものの、コストがかかるので、そう再々は出来ないそうです。素人考えで私は、利用率を上げるには、貸出料を下げればよいと申したのですが、岸和田市の設定した金額であり議会の承認なしに勝手に変更できないとの事です。

 それにしても、500人収容の「まどかホール」にはベーゼン290インペリアルで、1500人収容の「浪切ホール」にはそれより小さなベーゼン280があるのは矛盾しているので逆に交換してはどうかという提案もしたのですが、運営主体がそれぞれのホールで別なので無理ということで、お役所仕事はなかなか難しいと感じました。

ピアノかピアニストか

 ベーゼンのメンテナンスを専門とするビーテックジャパンの担当者によれば、このベーゼン280は9年経過して良好な状態で問題はなく、弾き方に問題があったのではないかというN氏の意見とは相反する見解でした。

 「ベーゼン弾き」、「スタインウェイ弾き」というピアニストがいるそうです。ベーゼンは昔から弾き手を選ぶピアノといわれていて、スタインウェイ的な弾き方でベーゼンを弾くとピアノがピアニストを拒絶して鳴らないとさえ言われています。

 勿論、両者どちらも上手く弾き分けるピアニストも多くいます。たとえば、ヤマハを好んで使ったリヒテル(写真)もオーストリアでは必ずベーゼンドルファーを使ったそうです。

 N氏の名誉のために申しますと、この頃まだ日本に2台ぐらいしかなかった新型モデル280をはじめて弾いて、インペリアル290と随分違うと指摘しただけではないかと考えられることです。素人の私にはそれ以上のことは分かりませんでした。





出来る対策

 ビーテックジャパンの担当者の見解を円谷さんに伝えるとともに、それにしても、ベーゼン280の利用頻度が悪すぎるので、「泉の森ホール」(泉佐野市)で、泉佐野文化事業団がする「スタインウェイジョイフルコンサート」のように、年に何回か市民に出演者を募り、1人1,000円程度の費用で、市民にピアノとホールを一日開放して、音楽会を開催し、新しいピアノの回転率を上げる提案と参考資料をお渡しして、その日の懇談は終わりました。

 

弾き込み依頼

 「浪切ホール」の事はすっかり忘れていましたが、平成22年11月の下旬になって、再び円谷さんから連絡があり、財団の栩原さんと一緒に来院されました。なにか、私が申したアドバイスがまずくて、その苦情でも言いに来られるのかと心配しましたが、栩原さんは長らく太田小学校で音楽の指導をされていて、私も眼科検診に太田小学校へ行っておりますので、その話で、和やかなうちに懇談はすすみました。

 この日の来院目的は1月の弾き込み会の協力要請でした。前回来院時に紹介したピアノサークル(PAK)のメンバーで午前10時30分から午後5時まで弾き込みをお願いしたいというものです。しかし、弾き込み日まで1ヶ月しかなく、しかも私はPAKの一会員でしかありません。PAK会員を動員するのは結構シビアーな感じがしました。

浪切「小ホール」

 急遽PAK会長に連絡し、弾き込み会勧誘のチラシ作成、知り合いへの勧誘を行いました。この間、岸和田市医師会の先生方には再々お電話し、ご迷惑をおかけいたしましたこと、お詫び申しあげます。しかし、つれない返事ばかりの中で、池添先生のご令室様と知人の方々が快く参加していただきましたこと厚く御礼申しあげます。土曜の午前中は診察がありましたので、PAK会長のご尽力により、朝からはPAKの別の会員が行ってくれる段取りをしてもらいました。とりあえず私の家内を含めて4人参加のめどが立ち、結果的には円谷さんに参加申込を伝えることが出来ました。

 弾き込み会は1月15日(土)に浪切の「小ホール」で開催され、私も初めてベーゼン280を弾かせていただきました。

 先にも述べましたが、「モデル280は、ベーゼンドルファーが最も新しく設計・開発したコンサートグランドピアノです。このモデルは、特に鍵盤とアクションに対する新しいテクノロジーを駆使して開発されました。鍵盤の長さを低音から高音へと変化させ、それに従うハンマーヘッドの重量配分で最適なバランスを実現。アクションと鍵盤の理想的な融合により、優れたコントロールを可能にしました。21世紀に新たに生み出された、無限の可能性を秘めたモデル280は、オーケストラとの共演でも、響きの多彩さが求められる室内楽でも、演奏者の素晴らしいパートナーとなります。」というのが販売元のキャッチフレーズです。

 弾いてみますと、従来のベーゼン特有のタッチの気難しさはなく、極めてスムースで軽く弾きやすくなっており、また、音の立ち上がりも随分早くなっていました。そのほかに、鍵盤が少し浅く感じられるところがありました。多分、これは鍵盤の長さを短くしたためではないかと思われます。音量は小ホールで弾いたためもあるかと思いますが、私には十分なものでした。音色に関しては、調律したてのためか、少しベーゼンの個性が少なくなっている印象で、強烈な個性をもつスタインウェイと別の強烈な個性を持つ従来のベーゼンとの中間的な存在で、従来のベーゼンを「たたき上げの職人技のピアノ」、スタインウェイを「ハイテク満載のピアノ」と表現すると、このベーゼン280は極めて「スマートな優等生的なピアノ」といえるのではないかと思います。

 スタインウェイは圧倒的なパワーで観客にアピールするのに対し、ベーゼンはピアノ全体を響かせてきかせる設計で、パイプオルガンやオーケストラの響きのようにホールを音で包み込むような効果を狙っているピアノで、全く性格の異なるピアノです。そういう意味からするとベーゼン280はスタインウェイでもベーゼンでもないような微妙な位置にあり、評価が分かれるところだと思います。しかし、PAK会員の評判はすこぶる良く、このような機会があれば又弾きたいと多くの会員が申しておりました。

公益法人改革の嵐

 昨今の大相撲は野球賭博事件、八百長など、相撲協会の公益法人としての適正と存続が疑問視されています。

その公益法人制度改革のスケジュールは以下のように現在進行中です。

平成18年6月 : 公益法人制度改革関連3法公布

平成19年4月 : 公益認定等委員会(7名)の発足

平成19年度中 :  関係政省令の制定

平成19年末  :  税制改正(優遇税制の見直し)

平成20年12月 :  関連3法の本格施行(新制度の施行)

公益認定等委員会による公益性の認定開始

平成25年11月 :  新たな制度への移行完了

 平成25年11月30日までに申請を行わなかったり、移行期間終了までに公益法人の認定が受けられなければ、既存の公益法人は自動的に解散させられ、法人財産は国に没収されますので、国技館も危ういのです。

 公益性の認定基準に「公益目的事業比率が50%以上」で「遊休財産額が公益目的事業の年額を超えない」というのがネックで、ハードルは結構高く多くの既存公益法人は このハードルをクリアできないであろうと言われています。

 去る1月29日医師会臨時総会にて承認されました「新公益法人制度改革に伴う新法人への移行に関する件」もこの新公益法人制度をにらんでの事なので、私たちにも無関係ではありません。税制問題だけでなく、この制度改革で、府下の医師会の殆どが一般社団法人に変わるといわれており、人工妊娠中絶を許可する公益法人の医師会がなくなると、府下では中絶できないという由々しき問題も含んでいます。

 この問題は医師会だけかと思っておりましたら、「浪切ホール」を運営する財団法人岸和田市文化財団も公益法人で、さらに、岸和田市文化財団の平成22年度 事業計画書を見ますと、「公益法人制度改革関連3法の施行に伴い、特例民法法人からの移行に向けた準備を進めます。」とあります。それで、今年4月1日以降の運営は財団からJTBコミュニケーションと南海ビルメンテナンスに委託となるようです。「浪切ホール」も前途多難予想されますが、何時までもベーゼンが「浪切ホール」で私たちを楽しませ続けてくれる事を願って止みません。