近視

(2007年6月20日)

目の構造から理解する屈折異常

人間の目はカメラと 同じような構造で、カメラのレンズが水晶体、フイルムに相当するのが網膜です。ただ、カメラの場合はレンズを前に出したり後ろへ 引っ込めたりして、フイルムとレンズの距離を調節していますが、人間の眼球は伸ばしたり縮めたりすることは出来ないので、ピントを 合わせるときは、レンズ(水晶体)を膨らましたり(レンズの度数を強める)、平べったくしたり(レンズの度数を弱める)ことで 網膜に丁度ピントが合うようにしています。これを調節といいます。

生まれたときは眼球も小さいので、物を見ても焦点は網膜の後ろにいってしまいます。 これを遠視といいます。 調節は若いときには10D(Dはレンズの度数)もありますので、少々の遠視でも調節力でカバーして、ピントを合わせることが出来ます。 ところが、年をとってくると、水晶体の弾力性がなくなりますので、膨らませたり平べったくするのが難しくなります。 これが調節力の低下で老視(老眼)といわれるもので、すべての人に起こります。

子供がだんだん成長するにしたがって眼球がだんだん大きくなり(眼軸の伸長)、 調節しなくても網膜にピントがぴったり合うようになれば正視という状態になります。 ほとんどの人はこの状態で眼球の成長が止まってしまいます。ところが、何らかの原因で止まらずに どんどん大きくなると、焦点が網膜の前になってしまいます。これが、近視 の状態なのです。それで、子供の身長が伸びたあと 縮めることが出来ないのと同じように、一旦大きくなった眼球(伸びた眼軸)は、今の医学では縮めることは出来ないのです。

どうして近視になるのか

結論から申しますと、近視の原因はよく分かって いません。ただ、学校近視の統計で高学年になるほど、近視の子供が多いので、最初に近視の説明をしたときに申しましたように 成長期には、身長が伸びるとともに眼軸長が伸びて(眼球が大きくなって)近視になりやすいという説、近業を長時間続けると 近視になるという説(環境因子説)、米国の研究では両親が近視の子供は片親あるいは両親が近視でない場合よりも近視の頻度 が高いという説(遺伝因子説)、があり遺伝因子と環境因子が複雑に絡んで起こると考えられています。

訓練や点眼で近視はなおるのか

一旦大きくなった眼球を縮めることは出来ない事は先に述べましたが、 このタイプの近視は軸性近視といいます。

一方、屈折性近視といって、眼球の大きさは正常で、角膜や水晶体に 異常があって近視になっている人もあります。その中に、長時間の読書など近業を長時間すると、調節が緊張したままで 遠くにピントが戻らないケース(俗に「仮性近視」などといわれる)があって、時には治療効果の出る人もあります。 私の経験でも屈折検査ではマイナス9Dという極度の近視なのに、「正視」の人と同じような良い視力の方がおられました。 でその方は、極端なストレスから「心因性の視力障害」を起こしていて、一時的に極端な調節緊張状態にになっていたのでした。

昔はこの調節緊張症の治療が盛んに 行われましたが、長期的にみると結局近視になってしまうケースが多いので、最近ではこの調節緊張症というものが本当に あるのか疑問視する意見が大勢となっています。その先生方によれば、調節緊張症として治療している殆どの学校近視患者の多くは、 調節緊張症ではなくゆるい近視、つまり屈折性近視ではなく、軸性近視なので一旦伸びた眼球を戻すことは出来ず治療効果の 多くはは期待できないという意見です。

ただ、やはり少数ながら「調節緊張症」と思われる患者さんがいることも 事実です。また、学校近視で来た児童にいちいち超音波検査で眼軸長を測定しているわけではありませんし、さらに、 超音波検査で明らかに病的近視と判断できる場合はありますが、角膜や水晶体の屈折状態にも個人差があり 眼軸長だけで近視と判断できるわけではありませんので、個々の症例で、屈折性近視か軸性近視かを見分けることは 難しいのが現状です。それで今は、調節緊張症の可能性を疑った患者さんに、一定期間治療して効果があれば 「調節緊張症」と判断している状況ですので、一定期間治療しても無効ならやめたほうが良いと思います。

近視の治療

先に申しましたように近視のなりかけの時には、点眼薬による 治療法がありますが、視力が戻る例はそんなにないので、無効なら、メガネやコンタクトレンズで矯正するのが一般的です。

最近では、レーシックというエキシマレーザーによる 近視の手術も行われるようになりました。 眼科的知識の十分ある医師が適応を誤らなければ手術もひとつの選択肢と考えられます。 ただ、手術は殆ど自動的な機械任せで、眼科のトレーニングを積んだ眼科専門医ではなくても出来ることから、 眼科医でない医師による手術のトラブルも散見されます。また、近視の手術しかしていないクリニックは、適応外であっても 手術に踏み切る可能性がありますので避けたほうが無難かもしれません。

近視の手術は、近視本来の原因である伸びた眼球をもとに戻す手術ではなく 角膜の形を変える手術であって、眼球を縮めたり伸びるのを止めたりするものではありません。ところが、近視は20歳後半 まで進行する(眼球が伸び続ける)のが一般的ですので、20歳代前半で近視の手術をすると、折角見えるようになったと思っても 又、近視が進行してしまうことがあります。でも、あまり年を取ってから手術をすると、すぐ老視(老眼)のはじまる40歳になって かえって、日常生活で支障がでて、快適に過せる期間が短くなります。また、角膜が25歳までは柔らかいので、術後の成績に ばらつきもありますので、するなら25歳頃がよいとされています。

メガネなしでも生活できて、運転するときだけメガネをかける程度の 軽い近視の人は、どちらかと言うと手術に対する願望が低く、「ど近眼」といわれるような牛乳瓶の底のようなメガネをかけた 強度近視の人は、手術に対する期待と願望が大きいと思います。ところが、近視の手術成績は、軽い近視の人が良くて 強度近視の人には術後成績が悪いのです。それは、軽い近視の人は、少し角膜を削るだけで済みますが、強い近視の人ほど たくさん角膜を削らないといけないからです。いくらでも削ってよいというわけではありません、最低500ミクロン残さないと 角膜が眼圧に耐え切れずに円錐角膜のようなことが起こってきます。それで、手術量と術前の患者さんの角膜の厚みを測って 適切な量が残るか予め調べておかねばなりません。超一流の先生でも失敗して削りすぎることことがありましたが、 その先生は角膜移植も出来る先生でしたので、患者さんは失明を免れました。一方、削りすぎを恐れて、遠慮気味に 角膜を削ると逆に近視が残って、患者さんの不満が残ります。

30歳台は近視手術後快適に過せても、40歳になると老視(老眼)が出て、 近業に早く老眼鏡が必要になることもあります。それから、最近40歳以上の5%に緑内障があることもわかってきましたが、 角膜が削られると緑内障の眼圧が正確に測れなくて、治療に困ることもあります。

角膜を削る前には眼圧を上げますので、眼底出血などある方が手術を受けると 悪化することもあります。一般には、円錐角膜、角膜厚が薄い場合、網膜疾患、白内障などの病気、膠原病などの全身疾患、 自己免疫疾患、妊娠中、20歳以下、精神疾患のある場合は手術は適応されないとなっています。

それから、保険適応ではありませんので、視力測定を初めとする 眼科的な検査は勿論あらゆる検査、治療、材料費は全部自費 でしなければなりません。大体両眼で45万円はかかります。

治療の選択

治療の選択にメガネ、コンタクトの保険診療を選択するか、 保険外の、近視の手術するかは利害得失を考えて信頼の出来る眼科の先生のところで納得するまで、相談することが必要です。

白内障手術は見えなくなった患者さんを見えるようにする手術で、術後の視力が 0.7でも十分満足してもらえます。でも、術前必要だったメガネが不要になるとしても、基本的に近視の手術は 「矯正で1.0見える人を裸眼で1.0にする手術」なのです。しかし、手術ですから100%の人に1.0の術後視力を保障することは出来ません。 術後0.7しか視力が出ず、メガネで矯正も出来ないことがありうるということなのです。ここに トラブルの原因があります。

近視の手術も良い面も多くあり、米国では100万人以上がこの手術を受けています。 ただ、手術はあくまで自己責任においてしてもらう契約社会である米国の患者と、日本の患者とは感覚が違います。 それから、手術を受けた方があとで緑内障になってきたときの治療はどうするかとか、白内障手術をしなくてはならなくなったとき、 正常の角膜の形状をしていない場合の入れる眼内レンズの度数の計算式はまだ確立していないなど、 将来にわたって未知の部分も多々あります。こういう事を十分納得のうえ手術を受けられるのであれば、問題はないと思います。