趣味としてのピアノ(その15)「エセックスピアノ」

2008年8月21日)

山本眼科医院 山本起義

 泣くのをやめてテレビにくぎ付けになるほど、タケモトピアノのコマーシャルが子供達に大人気だそうです。ピアノの中古市場 が活発な日本で、しかも日本製の中古ピアノは品質が高くて海外でも評判だからこそ成り立つ商売です。しかし、「日本製」ではなく、 海外でOEM生産させ逆輸入した「日本ブランド」の中古が今後増えるとまたこの評価も変わるかもしれません。

■国内のピアノ生産数量

静岡県楽器製造協会の調査によると、昭和50年代半ばのピーク時にはおよそ年間 30万台であった県内でピアノの生産台数は、その後、家庭へのピアノの普及が一巡し、少子化の進展、安価で高性能なデジタル 楽器が登場等により平成14年には10万台まで落ち込みました。しかし、平成15年以降は、輸出が順調で、地元大手メーカー がピアノのモデルチェンジで需要が喚起され国内販売の減少に歯止めがかかったこと、などで生産数量の減少傾向が止まり、 平成18年、19年は年間12万台の生産数量を保ち横ばい状態が続いているそうです。「日本製」のピアノのほとんどが浜松市で 生産されていることを考えると、これが日本のピアノ生産数量と考えてよいかと思います。ただし、この数量はヤマハが中国で、 カワイがインドネシアでそれぞれOEM生産させている「日本ブランド」のピアノを含んでおりません。

■国内の休眠ピアノ

中古ピアノを扱う業者の組合であるユーズドピアノ協同組合(横浜市)によれば、日本は、世界有数のピアノ所有国で、 国内に普及しているピアノの台数は約1000万台で、これは約3.5軒に1台の家庭がピアノを所有している計算になります。現在は1年間 に売れるピアノの台数が、新品ピアノが5万台、中古ピアノが2万台ほどですが、購入後にピアノを辞めてしまった、または、何らかの 理由で放置され、現在使用されていない「休眠ピアノ」は、普及率の約7割、700万台にのぼると言われています 。国内生産が現在12 万台で、国内で売られている新品ピアノは5万台ですから、残りは輸出用とか業者の在庫用になっていると考えられます。

今後も毎年販売されたピアノの7割が休眠ピアノになるとすると、すでにある休眠ピアノに加えて、毎年5万台のうち 3万5千台の休眠ピアノが増えて行く計算になります。中古ピアノの販売台数は2万台で、これを差し引いても毎年1万5千台の休眠 ピアノがわが国では増えてゆく計算になりますので、タケモトピアノの商売も当分は安泰でしょう。

■国内のピアノ販売情勢の変化

2007年4月の「趣味としてのピアノ(その12)」ではピアノの買換えの話でしたが、その後、情勢が大きく変わり ました。一つは、高級輸入ブランドのベーゼンドルファーを買収したヤマハが2008年4月にベーゼンドルファージャパンを設立 し販売を始めたことです。もうひとつはやはり高級ブランドのスタインウェイが第二ブランドのボストンに次いで、第三ブランドの エセックスピアノを2007年4月より売出したことです。

 ヤマハは一部の富裕層向けに販売するとのことで、ベーゼンドルファーの値付けを一挙に上げて、一番安いグランド が900万円になり、現在はスタインウェイより高くなってしまいました。勿論一番高級なインペリアルは2000万円以上します。 東京には富裕層はいくらでもいますし、中国のお金持ちも買い付けに来るでしょう。もうベーゼンドルファーはピアノを弾く人が品質 云々を言うピアノではなく、ロールスロイスを買えるような富裕層のための家具になってしまうかもしれません。普通の人が買えるの は中古しかないと思います。一方のスタインウェイも来年2月にまた値上げをするそうです。ここまで来ると、両社ともお好きなよう に値上げしてくださいとしか言い様がありません。

 ヤマハの4月に設立したベーゼンドルファージャパンの初年度売上目標は3億7千万円で、職員5人の会社ではこれで 十分採算は取れるのでしょう。しかし、スタインウェイの場合は、かつては松尾楽器のみが正規代理店でしたが現在は各地に特約店が できて抱える従業員数も相当なものになりました。高価なスタインウェイだけでは販売台数が伸びず経営的に苦しいので、第二ブラン ドのボストンを作りましたが、ピアニスト向きで台数が伸びず、しかも年々値上げしていますので、苦戦しています。そこでさらに廉価 版の家庭用として登場したのがスタインウェイの第三ブランドである「エセックスピアノ」です。

 エセックスピアノの設計はスタインウェイ社ですが徹底的な人件費節減のため中国のパールリバー社と韓国のユンチャン社 の中国工場で作り、さらに製造コストを下げるため、普通日本のメーカーでは製品は出荷調整を完了してから楽器店に卸しますが、 エセックスピアノは工場で出来たものを、そのままスタインウェイ特約店に卸し、特約店で最終の出荷調整を完了する特殊なシステムを とっています。アップライトで63〜80万円、グランドピアノで120〜160万円で購入でき、価格そのものは日本製と競合する位 置にありますが、販売する特約店の調整技量により大差が出る可能性があり楽器としての評価を日本製と同じ土俵ではできません。私の弾 いた印象では、楽器としては現時点の日本のどのメーカーより劣る感じでしたが、弾きこみが足りない印象もあり十分調整をすればば もっと良くなっていく余地は残されていると思います。 

 エセックスピアノ(写真左76万6500円)はピアノの楽器としての品質云々ではなく、デザインの価値を重視した ピアノと思います。楽器よりも家具に価値を見出す発想は流石で、新品で購入された7割が休眠ピアノになるのが我が国の現状で、 弾かれずにリビングに鎮座するだけの運命ならば、いっそのこと音の出る高級家具として考えては如何ですかということです。 子供の練習ではなく大人がちょっと慰みに家庭で弾くような音楽が成熟した欧米では、ピアノはそんな感覚で選ばれる ものかもしれません。

わが国は少子高齢化社会で、学習用ピアノの販売台数は頭打ちにもかかわらず、メーカーは「黒いピアノ」一辺倒で、 大人向きのデザイン性のあるピアノの製作には消極的でした。しかし、団塊の世代が定年を迎え、60の手習いなどでピアノを始める 方は購買力もあり、デザイン重視のピアノの需要が確実にあるとの販売戦略から出来たのがエセックスピアノで、なかなかお洒落なデ ザインが12種類もあります。

       

日本製も少ないながら写真上のようにデザイン性のあるものもありますが、どちらかといえば輸出用のピアノで 積極的に日本で販売されていたわけではありません。参考までに左上のカワイは78万7500円、右上アポロ製76万6500円

               

欧米のものは色々と多彩で、ピアノの品質自体も優れていますが、価格もそれなりにしますので、お手ごろではありません。 参考までに左上のペトロフ(チェコ製)190万円、右上のプレイエル(フランス製)210万円でルノアールの ピアノを弾く少女と同じ燭台付デザインで今も作られているそうです

ピアノを購入して、続けて弾かれるのは3割で、残り7割はリビングに鎮座する運命にあるピアノなら、ピアノの品質よりも 「音も出すことの出来る家具としてのピアノ」の選択もあながち間違いとはいえませんが如何でしょうか。