新しいピアノブランド「ファツィオリ」

山本眼科 山本起義 (2009年8月8日)

趣味としてのピアノ(その17)

 

スタインウェイとベーゼンドルファーは高級ピアノの老舗メーカーとして有名ですが、 最近の話題は前回趣味としてのピアノ(その16)でも取り上げましたファツィオリというイタリアのピアノです。わが国で最初に ヤマハがピアノを作ったのが1900年(明治33年)次いでカワイがピアノを作ったのが1927年(昭和2年)ですが、 ファツィオリは1981年設立したピアノフォルティー社のブランドで、ヤマハのSシリーズが2Bシゲルカワイが1Cであるのに、 30年足らずの間にこのファツィオリはピアノブックでの最高評価1Aを獲得したことは、特筆に値します。

ピアノフォルティー社の歴史

創始者は現オーナーのパオロ・ファツィオリ(Paolo Fazioli)で、 ローマで家具工場を営み成功させた父の6人兄弟の末っ子として1944年ローマに生まれ、ピアノを学びながら、 ローマ大学で工学を専攻、卒業後はロッシーニ音楽院でピアニストの学士、作曲の修士を取得し、卒業後すぐに兄たちの会社に 加わり設計、製造技術を習得したあとグランドピアノを作るというプロジェクトに乗り出しました。

この頃パオロの兄たちは家業を拡大し、サチーレ市とトリノ市に工場が開かれ、サチーレ市の工場ではチーク、ローズウッド、 マホガニーなどの銘木が使用され、その家具はMIM( Mobili Italiani Moderni, モダンイタリア家具)というブランド名で世界中に 輸出されています。研究開発および製造のために必要な協力を兄たちから受けられるという好条件のもとで、自分が造りたいピアノ の全ての要素を明確に決めたパオロは、1978年ベニスから北へ60kmほどの場所にあるサチーレ市の家具工場の一角に、 ピアノ製造施設“Fabbricia die Pianoforti Fazioli” (ファツィオリピアノ工房)を作りました。

1980年6月にF183(長さ183cm)のプロトタイプを、同じ年にF156、F228、F278のプロトタイプを製作し、 翌年1981年にピアノフォルティー社は設立されました。1981年のフランクフルトのムジークメッセで初めて紹介されたピアノ は脚光を浴び、現在まで多くのピアニスト(1)に賞賛されました。1987年にはF212が作られ、1995年の北京の ミュージックフェアでははじめて最大のF308モデルが紹介されました。

製造はグランドピアノとコンサートグランドピアノに特化し、高品質のものを少数つくる。現存するピアノの音の真似ではなく、 独自性をもったものをつくる。製造方法は伝統的な手法と最新の技術を融合させて、手作りでピアノを作る。そして、たゆまぬ努力 でピアノの品質向上を目指す。というのが社是だそうです。

スタインウェイやベーゼンなど各社も新たな研究を続けていますが、良いアイデアであっても、すでにスタインウェイやベーゼン にあるアイデンティティーとしての音を捨てるわけにはいかないので、改良には制約を伴います。ファツィオリピアノには、 そのようなしがらみが無い分、自由な発想で、好きなように音を作ることが出来たともいえます。つまり、すでにあるピアノ各社 を全て研究し尽くして、全ての長所を取り入れ、あらゆる短所を克服して世に問うたということです。

ファツィオリの特徴

1)世界最大の3メートルを超えるモデルの実用化に成功。

すでにスタインウェイは3メートルのものを試作していましたが、 音のパワーが大きくなりすぎて、従来のダンパーでは消音できないので実用化に失敗していました。

2)フィエンメ渓谷の赤トウヒ

響板に使用される木材は一般的なスプルースではなく、 イタリア・フィエンメ(Fiemme)渓谷から伐採された赤トウヒが使用されます。弦楽器の名器ストラディバリや 現代のクレモナ市の弦楽器製作学校も同じ渓谷から伐採しています。この赤トウヒは質量が軽く木目が均一で振動伝達に 最も優れています。さらに響板の厚みを中心から端に向かって9mm〜6mmに削ることで独自の音を生み出しています。 また、響板は製作後、温度調整された部屋で最低2年間のシーズニング(2)を行っているようです。

3)新しいデュープレックス・スケール方式を採用(写真)

カポダストローバー(3)とアッパーブリッヂさらに 可変アリコートブリッジ(4)からなる新しいデュープレックス・スケール方式により、さらに細かい倍音の調整が 出来るようになりました。

4)第四ペダルの採用(写真)

従来の左ペダルの横に第四ペダルがあって、アップライトの左ペダル(5) と同じ方式の弱音ペダルで、グリッサンド(指一本で鍵盤をこすって鳴らす方法)が容易に出来ること、鍵盤が軽くなるので 早いパッセジを容易に演奏できること、より良いレガート(なめらか)な演奏が出来ること、音を非常に長く伸ばす事(カンタービレ) が出来ること、が特徴です。

しかしこの第4ペダルの発想は、3メートルのピアノを実現させるために出てきたものではないかと思います。 といいますのも、かつてスタインウェイが失敗したのは、3メートルものピアノの場合、低音の弦も太くて長くなり、 それに対応するハンマーも音を消すダンパーの巨大なものになります。結局小さなダンパーでは音を消すことが出来なくて やめたのですが、ハンマーもダンパーも大きくすると、鍵盤が重くなります、つまり俊敏な動きが低音では出来ないという 欠点がどうしても出てきます。それを補うのが第4ペダルと言うことではないかと思います。

5)アートケースコレクション

ファツィオリはもともとが家具を製作するメーカーであるだけに、 このような美しいデザイン性のあるピアノを何種類も作れるところは流石です。

終わりに

ベーゼンドルファーが年間生産台数およそ500台、スタインウェイが およそ5,000台、ヤマハが50,000台(創業からおよそ600万台を製造)と比べて、ファツィオリはグランドピアノを 年間凡そ100台を製造しているに過ぎないので、めったにお目にかかれないとは思いますが、高品質と聞くと欲しがる方も多く、 案外、日本で普及するのも早いかもしれません。

どちらにしても、1000万円から2000万円するピアノなので、 家庭用に購入することは稀でしょうが、問題は日本の各地にあるホールではフルコンサートピアノは280センチのサイズを基本 としてエレベーターが設計されており、F308のように3メートルを超えるものはエレベーターに載せられないので、 2階や3階にあるホールでは建物を建て替えない限り設置は難しいのではないかと言うことです。

(1)イエルク・デームス、ラザール・ベルマン、リチャード・グード、アーナルド・コーエン、ニキタ・マガロフ、 アルド・チッコリーニ、タマーシュ・ヴァーシャリ、アニー・フィッシャー、マレイ・ペライア、アルフレート・ブレンデル、 ルイス・ロルティエ、ラファエル・オロスコ、ウラディーミル・アシュケナージ、フランス・クリダ、オリ・ムストネン、 ジェフリー・トーザ、エリザベス・レオンスカヤ、デュブラフカ・トムシッチ、エリアーヌ・ロドリゲス、 アキレス・デル=ヴィーニュ、フリードリヒ・グルダ、ニコライ・デミジェンコ、アンジェラ・ヒューイット、 スティーブン・ハフ、ハービー・ハンコック、マウリツィオ・ポリーニ、エレーヌ・グリモー

(2)ベーゼンドルファーでは10年位

(3)カポダストローバーとは左写真の右端から二番目の縦フレームまで横向けに走っていて弦を上から押さえる役目を 果たすフレームをいいます。さらに左にある横向けのフレームはフレームを構築する役目で弦を押さえていません。

(4)写真右で三角形の弦を支える金属製の台を親指で調整していますが、これがアリコートで、普通のピアノはこの部分は 固定されていて動かすことは出来ません。

(5)グランドピアノの左ペダルはハンマーをずらすことで3本の弦を2本たたく様に変わり、弱音を得る方式で、踏むと 鍵盤が左右にずれます。アップライトの左ペダルは例外(アポロピアノのSSS方式など)を除いて、ペダルを踏むとハンマーが 弦に近づき、打弦速度が低下することで、弱音が得られる方式をとっていて、ペダルを踏むと鍵盤が下に沈み、軽くなります。