経済危機とピアノ

山本眼科 山本起義 (2010年1月21日)

趣味としてのピアノ(その18)

 

失われた10年が過ぎて、景気が持ち直すかに見えたところで第2波のリーマンショック、そして、第3派は新型インフルエンザで、眼科受診を控えるようになりました。 医業経営は大変厳しく、暇はあるけどお金はないという状態が当面続きそうです。

私は2006年1月から凡そ1年余り少人数のグループで演奏活動をしたあと、2007年11月からは別のサークルに入会し、毎月の例会を楽しんでいます。勿論、メンバーの方々は私よりピアノが上手な方ばかりなのですが、ピアノの上級者に、意外や意外デジタルピアノ(DP)で練習している方が多いのに驚かされます。

かつて家庭用はアコースティック・ピアノ(AP)でしたが、いまや家庭用はDPなのかも知れません。カワイの梅田のショウルームの店長さんによると「アップライトピアノ(UP)をみたお客さんが、UPをDP(電気製品)と同じと考えるので困る」と仰っていました。しかし、この不景気でもグランドピアノ(GP)を買いに来るお客さんは減っていないとのことでした。

世間の値下げ圧力に、ヤマハは中国に、カワイはインドネシアに、東洋ピアノ(アポロ)では香港でのピアノの生産で、活路を見出そうとしました。海外生産の日本ブランド(OEM)の殆どがUPで一部が小型のGPです。もともと東南アジア向けのOEMを日本に持ち込みましたが、高級志向のお客はOEMに興味を示さず、低価格志向のお客は中途半端な価格のOEMではなくDPへ流れました。つまり、消費者はGPとDPの二極化が進み、UP(OEM)の逆輸入はユニクロのように成功しませんでした。

リーマンショック以来、企業の多くは財務状況が厳しく、日本を代表するピアノメーカ世界のヤマハの2009年の財務状況は営業利益が−57.8%で、2010年3月期の予測純利益が0なので、いかに深刻な状況か分かります。創業以降初めて生産調整のために一時工場でのピアノ生産がストップしましたし、また、ピアノの価格の値上げもされました。苦労して買収したベーゼンドルファーの売却もささやかれています。さらに、APは売れないのでヤマハとしてはDPに力点を置かざるを得ないのでしょう。最近のヤマハピアノの宣伝ではハイブリッドピアノ(基本的にはデジタル)の宣伝が目立ちます。

しかし、DPは電気製品なので、耐用年数5年で、しかもDPは頻繁に新製品を発売しますので、修理部品の保管期間以降故障したときIC基盤の保管がなければ修理不能です。また、相次ぐ値上げで、まともな日本製の新品は、UPは60万円から、GPでは180万円〜200万円になりました。しかしあまり安さを求めて50万以下のUPや、150万円以下のGPを選ぶと、ヨーロッパブランドでも日本ブランドでも中国製をつかまされますからご用心。

こんなご時世で、それぞれの家庭事情もありますから、承知の上で買うかぎり中国製が悪いなどというつもりはありません。しかし安いといってもピアノは50万(UP)、150万(GP)という高額商品です。日本製と思って買ったのに実は99%は中国製というような消費者を欺く売り方は好ましくありません。。

お勧めのピアノ

 

1887年にオルガンそして、1900年にピアノを作り始めた山葉寅楠、そのヤマハに11歳で弟子入りした河合小市は1927年にヤマハから独立してカワイピアノを製作、一方1909年に13歳でヤマハに弟子入りした大橋幡岩は研鑽を重ねた後1948年ヤマハから独立しディアパソンピアノを製作。さらに、ヤマハからカワイで修行を積んだ後1948年に石川隆己は東洋ピアノでアポロピアノの製作を開始しました。現在廃業せずに残っている大手の、ヤマハ、カワイ、ディアパソン、アポロはすべてヤマハ出身者がからんでおり、ピアノ自体の類似点が多くあります。

ディアパソン

ヤマハの技術者で1926年来日したベヒシュタインの技術者「エール・シュレーゲル」のもとで研鑽を積んだ大橋幡岩は川上嘉市社長の低コスト、大量生産の方針に反発して退職し、1948年自分の納得するピアノとして設計製作したのがディアパソンです。採算を度外視した製作で会社はすぐ破綻し、1958年にはカワイに吸収合併されました。中小の会社が吸収合併によりそのブランドがなくなるなか、大橋のピアノは大変優秀でしたので、現在でも当時の設計のままでブランドが残り、カワイの別ラインで製作され、現在のヤマハやカワイと何の遜色もなく肩を並べて販売されていることは驚嘆に値します。

戦前の日本のピアノのお手本は皆ベヒシュタインでした。ディアパソンは、弦の音をフレームには伝えず、響板のみを共鳴させる当時ベヒシュタインから学んだままの方式を守っており、雑音の少ない澄んだ音がします。さらに、現在日本ではディアパソンのみの一本張り調弦方式といって、ヨーロッパのプレミアム(ベーゼンドルファー)などと同じ調弦方式を取っている機種では、美しく澄んだ音がさらに強調されるので、日本の他のメーカーのどこにもない素晴らしい音色が楽しめます。品質には定評のある正真正銘の日本製で、今なおこの音の虜にされるファンが沢山います。また品質の割に価格が安いので、ピアノの先生でこれを勧める方は今でも多くおられます。

ブランド力がないために、ヤマハやカワイよりピアノの価格を抑えざるを得ない状況で、大橋は長さ211cm、183cm、170cmの三種類のグランドを設計しましたが、170cmはこれ以上価格を下げると採算割れになるとの事で製造を中止しました。

その代わりにカワイRX2(178cm)にディアパソンのブランドを付けDR30、さらに、小学校納入用の安いグランドにはカワイRX1(164cm)にディアパソンのブランドを付けD164としています。DR30とD164はディアパソンではありませんので音が全く違います。ピアノ選定の時には注意してください。

ボストン

ピアノのスタインウェイ&サンズは20世紀後半以降経営が不振で、1972年のCBSによる買収、その後の複数の個人投資家への売却を経て、1995年にセルマーの傘下に入っています。その、CBS傘下に入っていたころ、何しろ高価なスタインウェイは売れないのでもう少し価格を落としたピアノは作れないかとの事で出てきたのが、スタインウェイ設計の「ボストンピアノ」です。

最初は、ヤマハに製作を打診したらしいのですが、プライドの高いヤマハはそれを断ったため、カワイに依頼し、スタインウェイ設計、カワイ製作の「ボストンピアノ」が出来上がりました。ですから、日本製のピアノはカワイ、ディアパソン、アポロもどことなくヤマハの臭いが良くも悪くもするのですが、こと、ボストンに関しては、カワイの品質で作ってはいますので、正真正銘の日本製なのですが、生い立ちが全く違いますので、日本のどのメーカーにも似ていません。

日本の家電製品は購入時に完璧に仕上がっています。しかし、アメリカ人の作ったパソコンは購入時にはまったく不完全なもので、自分で使いやすく設定してゆくことが求められます。それと同じで、日本製ピアノやドイツ製(ハンブルグスタインウェイ)では完成品が売られますが、アメリカ製(ニューヨークスタインウェイ)では、どうにでもなる未完成品を買って自分で音作りをしてゆくアメリカ的発想が求められます。このボストンはそういう発想で作られたピアノではないかと思います。

日本製はどの会社のピアノもヤマハの派生商品的なところがあって、その一つが「低音が出ない」点です。多分、戦前のクラッシックといえばベートヴェンなどで、ショパンなどの音楽は軟弱な音楽でクラッシックといえないという時代に生まれたのが日本のピアノで、低音は伴奏でよいという発想だからでしょう。

ヤマハの低音が出ないからといって、カワイやアポロに変えたとしても同じで、ディアパソンは幾分ましではありますが、そうは言っても大差ありません。ヤマハのCシリーズやカワイのRXシリーズはいまだにその傾向を引きずっています。最近の日本製ではヤマハSシリーズ、カワイSKシリーズなど低音の出る優秀な機種がありますが、少々お高いので、気軽に買いにくい方にはボストンはお勧めです。

低価格帯のエセックスピアノ(設計スタインウェイ、製作中国)を売り始めてから、ボストンは調整方法を変更し品質を向上させましたので、タッチはやや重めですが音色はほぼスタインウェイになっています。

このPE(パーフォーマンスエディション)は、ボストン発売以来初めてのモデルチェンジで、スタインウェイと同じ米国特許のオクタグリップ・ピンブロックを投入し、従来弱点とされた音の不安定さを改善したのが最大の特徴です。従来のヤマハ、カワイなどのちょっと上の位置づけ(ピアノブック評価3A)から、ヨーロッパ製(ピアノブック評価2C)へとグレイドアップを目指したとの事です。

カワイSKシリーズ

かつて、カワイ楽器は薄利多売路線で経営は順風満帆でしたが、「安物ピアノばかり作っていては会社の未来はない」との河合滋社長の肝いりで、現状の修正ではなく、全てを一から見直して設計(原器工程)して発表したのが、1981年フルコンサートEXで、1985年にはショパンコンクールの公式ピアノとして採用され、その後、ピアノ作りの集大成として1999年発表されたのがShigeru Kawaiシリーズで、従来の安物ピアノのイメージとは全く違うコンセプトのもとに作られています。1970年から1980年にかけてヤマハの独壇場であったフルコンになんとしても一矢報いたいという河合滋社長の執念がSKに結実したように思えます。

実は、販売を始めた当時に試弾したことがあるのですが、調整不十分で、当時の印象は余り良いものではありませんでした。しかし、先日梅田のショウルームで試弾させていただき、SK―2は178cmの小さなピアノとは思えない品質で、どんな曲にでも対応できる素晴らしいものであることに気付きました。しかも、店長さんの話しでは、驚いたことに、今ではスタインウェイも使わないものですが、10年間用意周到に貯めこんであった北海道産の蝦夷松を使っているとの事で、このピアノにかけたカワイの意気込みが半端ではないことが分かりました。

多分欧米ブランドで同じ程度のものを買うと400〜500万円するのを、200万円余りで買えるわけですから(ピアノブックの評価は1C)、発売当初は生産が注文に追いつかないといわれていたのも納得できます。

ヤマハSシリーズ

日本ではピアノならヤマハを買えば安心と言う方は多く、圧倒的な販売シェアを誇っています。創業からピアノの生産台数600万台を超え、2009年のカワイの国内売上436億円に対し、ヤマハの国内売上は4,593億円で、経営規模で10倍の開きがありますので当然のように見えます。しかし、カワイの楽器売上(主としてピアノ)は291億円に対し、ヤマハの場合はピアノ(AP)自体の売上は449億円で、APの売上に関してはヤマハ:カワイ=6:4〜7:3ぐらいで、ヤマハが楽勝するほどではありません。

1970年〜1980年にかけてヤマハが優位でしたので、渾身の作品CFは作りましたが、その他の普通のGPはブランド力で十分販売できていましたので、カワイ原器工程のEXが出たときも、一般のGPは本気で改良に取り組まず、CFの優位性のみを考えて、改良型のCFU、CFV、CFVSを出していたように思います。普通のGPは1994年からS4という高級志向の顧客のためのピアノを販売しておりましたが、カワイがSKシリーズを1999年から販売し始めると、CシリーズとSKの差があまりに歴然としていた為、慌てて2000年よりS4Aを発売しますが差は縮まらず、事態の深刻さを真剣に受け止めて、5年かけて本格的に改良したのが2005年販売開始のS4Bです。

私もこの発売時期に試弾に御堂会館までゆき、ヨーロッパ製のごく普通のGPと比べて遜色のないGPをやっとヤマハも作ったと感心いたしました(ピアノブックで2Bの評価)。流石に、ヤマハも今度は安物ではSKに対抗できないと考えて、響板に関しては、東欧から輸入した高級なものを使っています。ヨーロッパのピアノとなんら遜色のないピアノに仕上がっていますが難点は、金額までヨーロッパ製ピアノ並みに高価なことです。

ちなみに、ピアノブックの評価で1は800万円以上、2は400万円以上、3は170万円以上、4は150万円以下ぐらいの日本での価格のピアノを指します。

まとめ

上の表は、日本の各メーカーのうち、私の独断と偏見でまず満足できると考えた「純日本製GP」です。有名なアポロピアノは試弾経験がないのと、生産拠点を香港に移し、最終調整だけ日本でするようになった(実質中国製)との事で、リストには揚げていません。さらに、もっとも売れているヤマハのC3の記載がないとお叱りを受けるかもしれません。C3は業務用としての信頼性は抜群だと思いますが、私のお勧めのピアノはあくまでも「趣味としてのピアノ」であり、音大受験のための実用本位のピアノではありませんので、お許し下さい。

1)ディアパソンは表の中では一番安い部類になります。一本張り調弦方式のDR500、DR300でなくても、DR211、DR5、DR183でも十分に美しい音が楽しめます。私が24年間お世話になったのは210Eというタイプで、一本張りではありませんでしたが十分満足できました。古典派からロマン派までの曲なら全く問題なく演奏できますが、近代現代のプロコフィエフやラフマニノフを弾くなら向いていないと思います。

もう一つは、カワイの子会社で、弱小メーカーなので、販売店はカワイ系列を間借りしている状態で、ディアパソンがカワイの販売店にお金を出して調整を頼んでいるので、あまり調整が十分とはいえないのです。本当のディアパソンの実力はこんなものではないと思ってください。

2)ボストンもディアパソン同様にカワイで試弾できますが、ディアパソンと同じ理由で実際より地味に調整されています。スタインウェイ・ジャパンの特約店(松尾楽器など)ではどうかと申しますと、やはり、スタインウェイの中価格帯のブランドなので、スタインウェイより派手な調整は出来ないのです。つまり、ボストンはカワイでもスタインウェイでも日陰者の存在なのです。しかし、本当の実力はこんなものではないと信じて、購入すれば、お宅では素晴らしい輝きを放つと思います。

それから、3〜5年間頑張って弾きこんでください、普通の日本製は頑張っても余り変化がありませんが、ボストンは7〜8年後にはスタインウェイみたいになること請け合いです。GP156はたった156センチのベビーグランドです。日本製を使っていてピアノは長さで価値が決まると信じている方々は多分馬鹿にすると思います。でも、それは日本的発想なので気にしないで下さい。156cmで210cmみたいな音がすれば、狭い日本家屋では小さいほうが良いに決まっています。私のたった118cmの小さなボストンのUPの音に皆さん驚かれるぐらいですから、一番大きな215cmのボストンなら、家でフルコン(275cm)を弾いているような感じになると思います。

3)カワイSKとヤマハSは文句なしに良いピアノで、買ったときから(弾き込まなくても)最高の状態で弾けると思います。タッチは日本の標準の鍵盤の重さが58グラム(スタインウェイでは48グラム)とすると、SKは53グラムでカワイのほうが軽いタッチで弾けると思います。両者の難点はなんと言っても高価で、ちょっと気軽に買うわけには行かないことでしょう。

以上、私の独断と偏見でお勧めのピアノを書かせていただきました。まだ当分APはなくならないとは思いますが、家庭用についで、メンテナンス不要で、経費節減を優先させる練習室にある貸しピアノなど、それから、ホールにまでロックコンサートと同じようにピアノといえばDPになるような気もします。そうすると、「当ホールでは、特別に生ピアノをご使用できます」というのが売りの会場も出来るかもしれません。皆さんが、これから購入しようとするピアノの参考になれば幸いです。